あまりに暑くて・・・

ほ~んと暑いよなぁ~、そろそろ部屋に窓用エアコン付けようかなぁ~・・・。。。
その前に、石油ストーブ片付けないと。

ちなみに夜11時にもかかわらず、私の部屋は31℃もある・・・。
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何十年もここ愛知県に住んでいるくせに、私の部屋の暖房は石油ストーブなんですよ。
コタツだのエアコン暖房だのはぜんぜんダメで、何年経っても私の部屋は北海道状態です。
ちなみに石油温風ヒーターも苦手だなぁ~・・・。

ウチの女房、怒るんですよ。

冬は石油ストーブの上でヤカンがチンチン!、これが良いんですよ乾燥しなくて。
でもそのせいで私の部屋だけ結露が出来る。

「窓とか掃除するの大変なんだから温風ヒーターにしろ#!」

ですわ。

そのくせ人の部屋に入って来ては、

「お湯沸いてる?」

ですからねぇ~。


ちょっと話がタイトルから逸れた、暑い話ですよね。



今日の豊川、あまりに暑いんで近くの公園へ涼みに行ったんですよ。
湿度も高いし気温も30℃近く、今日はまるで雨が降っていない梅雨みたいですよ。

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赤塚山公園、通称[ぎょぎょランド]。

豊川市が運営する公園で、中にはミニ動物園や庭園、そして小さな淡水魚水族館を併設していまして、このミニ水族館の愛称が[ぎょぎょランド]。
それがそのまま全体の愛称のように呼ばれています(特に小さな子)。
豊川市民、だ~れも赤塚山公園と呼ぶ人はおらず、みなさんなぜか[ぎょぎょランド]です。

きっと地元の人に赤塚山公園と言うと、

「はっ???、そんなとこあった?」

でしょうね。


庭園では今、花菖蒲が咲いていまして、菖蒲といったら近くの豊橋菖蒲園が有名なんですが、ここの菖蒲もなかなかなんですよ。
そこでちょっとカメラ片手に涼みがてら行って来ました。

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なかなか綺麗に咲いていましたよ。

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ついでに咲き始めて来たアジサイ。
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ちょっと暗いかぁ~・・・。

よっぽと遠いところから飛んで来たんでしょうねぇ~、羽がボロボロです。
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この写真、普段使わない安い300mm望遠を使ったんですがぁ~・・・なかなかシャープに写るなぁ~。
安物とはいえ、さすがシグマのレンズ。

公園の表ではすでに夏真っ盛り!
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ところでこれなんでしょう。
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キンポウジュという木の花だそうです。
この赤いたわしみたいなのがいっぱい咲いていました。
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ちなみに白もあるそうですよ。

最後に豊川市のマスコットがお出迎え?
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ハハハ、さすが稲荷の街、きつね様!
なんだか妖怪ウォッチに出てきそうなキャラですよね。

ちなみにこの公園広くて結構いろいろあるんですが、当然市営ですのでお金は掛かりません、せいぜい自動販売機の飲み物だけかな?お金がいるのは。

もちろん自分達で飲み物やお弁当を持ち込んでもOKで、豊川市民には人気のある公園です。
小さな子ども達にとっては見る場所や遊ぶ場所がたくさんあり楽しく、そして親にしてみればお金が掛からないのが一番の魅力?。

それにしても今日は裸の子ども達で賑わっていましたよ。

5月なのに、それほど暑い1日でした。



ぜ~ぜん落着かない

北海道から戻って来てすでに一週間。
いろいろ慌てたことがあったにせよ、自分がやらなければならないことがたくさん残ってしまった。

今日26日???

来月の配車組んでねぇ~~~・・・、

ヤバイ・・・遅くても29日には通知させなければ・・・。
通常月ならすでに組みあがり通知済みのはず。

来月ウチのグループ、確か1台車検があったはずだよなぁ~・・・。
何日だっけ???・・・。

そうだ、来月一部編成替えがあり人員の調整を関東グループの長に任せ、その報告を受けたはずなのにぜんぜん覚えてない・・・。
ウチのグループから1名転勤になるのに、それが何時なんだかも覚えていない!。

ヤベェ~わ!!!

そういえばルーキー(研修生)の本社試験が6月頭だったはず。
他の役職に任せきりで、どんな状態なんだか確認すらしてない・・・。


あぁ~どうしよう、落ちたらまた一から再研修???

カンベンしてぇ~~~・・・。


あわてて北海道へ飛んで行く際、他の役職に丸投げしたはいいが、帰って来てからの確認をぜ~んぜんやってなぁ~い!。
ゼッテェ~マズイわ・・・。

もう帰ってから頭の中が混乱して・・・。


あっ、そうだ!、

今月30日、エリアのドラレコ研修があるんだった。

前回私の独断でウチの若い衆に行かせたんですよ。

「お前らしっかり勉強してこい!」

てね。

そうしたら研修後上の方から、

「ふざけんじゃねぇ~よ、どうでもいいヤツよこしやがって#!」
「これは各店から選ばれた乗務員が、自分の店へ帰ってすべての乗務員に指導出来るようにするための研修だ、ちゃんと指導出来る立場の者をよこせ#!」


「へいへい・・・」

しかもウチの若い衆、研修なのに筆記道具も持たず行ったそうで、

「てめぇ~ら、なめてんだろう#!」

っと、上はそうとうおかんむりだったようです、ハハハ(^^ゞ(笑い事じゃねぇ~)


ってなわけで、私が行かにゃならんくなったわけです。

しかも仕事が終わるのは朝なのに、集合時間は午前9時(絶対に時間厳守、遅刻ペナルティー?)
研修終了は午後3時頃らしい・・・。
しかも場所は豊川近辺じゃなく、名古屋支店の大会議場?。
名古屋まで行くのぉ~???しかも朝の9時まで。

メンドクセェ~~~~!!!

寝る時間ねぇ~じゃん!
この日は出勤扱いだし、夜走るわけじゃないんだから大丈夫だぁ~?しかも昼食付き?・・・

ふざけんじゃねぇ~~~!っと言いながらも、

前回が前回(勝手に若い衆を行かせた)だったので、今回はさすがにちょっと顔を出しておかないと絶対マズそう・・・。

昼メシなに出るんだろう?。



こんなこと書いてないで早く配車組もう。

アイツいつ移動(転勤)するんだっけ???
ウチの車両の車検入庫、何時だっけ???
編成替えは6月の何日から???

今日休みなのに、一度会社へ行って調べないと、

ぜ~んぜん配車が組めねぇ~

訓子府町の歴史?

実は実家へ帰った際、家にある書物をちょっと物色したんですよ。
なにせ母の見舞い以外はすることがなく、だからといってどこかへ出かけるわけには行きません。

そこで家にある書物の中の[みんなで築いた90年 未来にはばたけ訓子府](~開基90周年記念要覧~)っという本を見つけました。
90周年記念本といっても、発刊されたのは昭和61年の物。

これを読んでいると、訓子府に日本人?が足を踏み入れたのは明治15年あたりだったんですねぇ~。
それまではほとんど人のいない未開の地だったようです。

初めて訓子府に足を踏み入れた人はわからないものの、初めて移住をした人物は[平村エレコーク]と[ヌシャアングルウス]だそうです。

これって何人?。

平村エレコークは後に境野(現 置戸町境野)に移住し、置戸町の開祖となったんだそうです。


その後明治29年、現 高知県から集められた開拓集団[北光社](移民団112戸350人)という団体が北見地方(旧 野付牛)に入り、上常呂(現 北見市上常呂)&訓子府原野を中心に開拓が進められたそうです。

よくコメントをくれる冴さんのお友達が北光社に住んでいるそうですが、私も[北光社]という地名は国鉄時代の池北線(現在は廃線となり消滅)北見駅の次の駅としてよく知っていますが、まさかこの辺を開拓した団体から取った名前をそのまま地名にしたとは知りませんでした。

現在の訓子府小学校の元祖は、現在の北見市上常呂に明治41年に訓子府尋常小学校(最初は訓子府教育所)として設立され、北光社移民の子ども達のために設立されたそうです。
後に現在の訓子府町に訓子府小学校は移転したそうですが。

確か私のお祖母ちゃん(父方)が訓子府小学校卒なのに上常呂だったと言っていたのが不思議で、私が物心が付いた頃には、すでに現在の訓子府町に訓子府小学校があり、上常呂はすでに北見市なのになんで訓子府小???っと悩んだ時期がありました。

そういうことだったんですねぇ~。

現在の訓子府という地名は、当時置戸町の一部だったそうで、正直当時の訓子府というのは、北光社と上常呂(現 北見市)の地方名みたいなもんで、現在の訓子府町とはかなり位置関係も自治権も違っていたようで、ある意味野付牛村(現 北見市)の一部ながら別自治体の置戸村(現 置戸町)と半々で地域が広がっていたようです。
その後、大正9年6月に正式に訓子府村(戸数1.140戸 6.592人)で置戸村から分村し独立したそうですね。

私のお祖母ちゃんは(すでに他界)明治37~38年生まれだったはずだから、以前このブログで息子が小学生の頃、

[自分の先祖はどこまで遡れる?]

っという宿題を出された頃、私も頑張って探したのですが、どおりで三代前くらいまでしか遡れないはずです。

だって私が生まれ育った地域は、明治以降に初めて日本人?が入植したばかりだったわけで、私の祖父母は本州から移住した開拓者の子どもだったわけですから。

私が通った居武士(おろむし)小学校はもうすぐ開校100周年だそうで、従妹から、

「案内は来た?、ゆうちゃん(私の幼い頃の愛称)も卒業生なんだし」
「幹事はゆうちゃんの同級生のえーちゃんとてっちゃんだよ」

っと、言われましたよ。

この小学校、私の祖父(私が生まれる前に亡くなっている)、父、そして私と三代に亘ってお世話になった学校。
案内が来たら、多少でも寄付しようかな?。


この本、ま~だたくさん書いてあるんですよ。
なんでこんな本がウチの実家にあったのかなぁ~・・・。

父に

「返すからこの本借りてっていい?」

っと聞いたところ、

「あぁ~かまわないよ、でもお前が生まれる前の話ばかりだぞ」

だそうですが、確かに昔の話がたくさんあり、現在の訓子府町を象徴するものはなにもありません。

でも、挿絵となる写真を見ると、

「あぁ~、こんなんだったわ」

っと、懐かしい写真が満載。

ここで写真をコピーしてupしてもわかる人はいないと思いますのでやめておきますが、懐かしい訓子府のメインストリートも載っていました。

「こんなにパチンコ屋があったか?」

ですね。

当時は景気良かったんですね。


現在の訓子府町、大正時代の開村当時より少ない人口5.300人ほど(最大8.000人ほどだった)。
これといった産業もなく、全国に自慢できる特産物もナシ!。
頼るのは隣の北見市で、若者の多くは北見市で就職するか、もっと大きな街へ出て行きます。

まぁ~私もその一人と言って過言ではないんですけどね。

私にとって実家のある北見市よりも訓子府町の方が思い出深いですよ。


若かりし頃、親と決別し自分の戸籍まで家から離し、同じ苗字を名乗るものの本籍は親が住む住所と同じではないのが今は後悔しています。

私と女房、そしてその子供である息子の本籍は、今は無き小さな小さな女房と二人で貧乏に暮らしたアパートの一室。
弟達はみな生まれた場所が本籍(親と同じ)なのに、私だけ勝手に戸籍まで家を離れた・・・。


一時の感情とは言え、今思えばバカなことをしました。

それでも親は親、子は子。

父も母も大事です。
でも、女房も息子ももっと大事です。



訓子府かぁ~・・・・、


北見へ帰ればしょっちゅう見に行けるかな?。

帰って来ました

函館の夜景
写真はクリックするとすべて大きく出来ます
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*****

18日の朝、実家の北見市を出まして19日夕方には家へ帰って来ました、おおむね1日半というところですね。
行きはあわてて飛んで行ったので25~26時間なんですが、帰りはちょっとゆっくり帰って来たのでこんな時間差が出来てしまいました。

まぁ~母も日に日に良くなりホッとしました。


今回、母の件でいろいろ親類にもお話をした関係で、20数年も会っていない従妹や伯父さんや伯母さんにも会え、女房の親や姉兄にも会って来ました。
みなさん歳を取りましたねぇ~・・・。

だいたい私が56歳にもなったし、女房だって今年51歳だし当たり前ですよねぇ~。
まぁ~みなさんいろいろ抱えていますけど、元気で良かったです。


さてここからは短い時間でしたが、ちょっと撮った写真をUPします。

まずは女房の姉も住んでいる訓子府町。
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元の訓子府駅なんですが、もちろん今は廃線となり交流広場件バスターミナル?になっています。
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こんなのどこで造ってる???

私の母校、居武士(おろむし)小学校
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なんたって途中で建て替えられているので面影がありません。
ただこの門、私が通学していた頃もあったような・・・。

もうひとつ驚いたのが、学校の裏山が削り取られ高速道路(北海道横断道路)を建設していたこと。
なぜこんなところに高速道路が???ですよ。
ちなみに北見市にも高速道路が造られ一部開通しています。

女房の実家、留辺蘂にも行って来たんですが、ここも変わり果てていましたよ。
メインストリート?を挟んだ商店街がほとんどなくなり、あれぇ~???でしたね。
義兄に聞いたところ、道路拡幅のために立ち退き料を払ったら、商店街の人たちはみなさんお金をもらって他へ越して行ったんだそう。
そのため店が残らず寂しいメインストリートになっていました。

同じことをやった訓子府町の方がまだまだ店がたくさんあり、留辺蘂の街より寂れた感はありませんでしたね。
ちなみに置戸も行って来たんですよ、伯父さんが入院しているのでお見舞いに。
この街も建物は新しいものの、おじいさんおばあさんばっかりで人が少ないこと・・・。


ここからは函館までの帰り道で撮ったものです。
なにせ帯広以西は天気が悪く、苫小牧を過ぎてから天気が回復。
したがってそれまでの写真なんですよ。
特に息子に頼まれてたお土産を買う関係で池田町に寄らなければなりませんでしたから。

日本一寒い街 陸別町
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あわてて出て来たので半袖しかなく、寒いのでジャージ着てますハハハ(^^ゞ。

ここ廃線になったのに汽車が走っているのを知っています?。
しかも自分で運転出来る体験コースまである。
詳しくは(ここ)で。

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これで体験運転するみたいですよ。
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とても廃線となり運転体験のためだけの汽車とは思えないほど新しい。
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流行るといいですね。


息子に頼まれたお土産を買いに池田町へ。
買ったのがこれで、この辺でしか売っていない池田町民用のワイン(基は当然十勝ワイン)。
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このために遠回り。
実はネット販売でも取り寄せられるんですけどね。



あとはフェリーの時間に合わせるためと、最初にUPした函館山から見下ろす夜景を撮るため帯広の街中を避け田舎道を爆走。

どこまで続く直線道路
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街を外すとこんな道路ばっかりなのが道東です。
おかげで燃費が良いこと良いこと。
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上は函館で給油した際撮ったものなんですがぁ~、866km走った平均燃費が18.9km/L!
スゴイでしょう?、カタログ燃費値を超えています。

車重1.6t以上(乾燥重量)、排気量2.2Lディーゼルターボ、最大出力175ps、トルクに至っては42.8kgf・mとガソリン車の4L級、しかも速度リミッターが無ければ200km/h以上出るクルマがですよ。

北海道に滞在中、愛車のCX-5は常に17~20km/Lと燃費が良く、これは環境(道路状況)の違いで、こちら愛知県では出せない燃費です。

別にエコ運転ではなく、至って普通に走っていたんですよ。

なにせこちら(北海道)は、一般道の法定速度は80km/h?、っと勘違いするほどみなさん速いです。
私の速度は書きませんがぁ~・・・一応流れに乗って走りました。
法定速度じゃ乗用車どころかトレーラーやダンプにも抜かれ、逆に危ないですから・・・(^^ゞ。

だいたい農道で私がピーkm/h(書けない速度)で走っているのに、それを農家のオバチャンが軽トラでピーkm/h(あきらかに三桁速度)くらいで抜いて行っちゃいましたからねぇ~。

今の北海道って警察も人手不足なのか?取り締まりをぜ~んぜん見かけませんでした。
そのせいか、こちらではありえない速度でみなさん農道をぶっ飛んでいますよ。


最後につまらない写真を1枚(携帯写真)。

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コンビニで買ったおにぎりで、とある携帯サイトにUPすると反響が大きかったんですよ。

えぇ~~~~、赤飯に甘納豆???。。。

どんな味?とか聞かれましたけど、北海道では至って普通の作り方です。
おにぎりでなくても、

赤飯=甘納豆は定番です、ハイ!。

味はおはぎを想像する人が多かったですけど、ちゃんと塩味のおにぎりで、でも甘納豆はしっかり甘く、これが絶妙(本州ではビミョ~???かも)!。
美味かったです。


今回は観光で行ったわけではありませんので、このくらいでしたねぇ~。


とりあえず母は帰る間際ではかなり良くなり、私や女房と長い時間話を出来るほど回復し、あとは父に任せて帰って来ました。
それでも近い内に帰らねばならない状況には変らないのを確信しまして、我家は私の定年と同時に北海道へ移住することを決めて来ました。

父や母に、もうちょっと頑張ってくれ、とは言ったもののそれまでは生きていてほしいなぁ~。

今回行けなかった息子も、

「『曾孫連れて行くまで死ぬんじゃねぇ~』、っと言っといてくれ」

だそうで、父も母も笑っていましたよ。


さて心配は尽きませんが、明日から仕事なのでしっかり切り替えて生活時間を昼夜ひっくり返し、まずは身体を戻さないことには。
自分が倒れたらシャレになりませんからね。

とにかく心身ともに疲れた・・・。

今日はゆっくり休みます。


*****

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いろいろな意味でホッと一安心

どうにか実家の北見市に着きました、メッチャ遠かったです。

休みになると女房と二人でちょくちょく遠出はするものの、時間を気にして走ることはほとんどないので多少遠くても気にしない方なんですが、さすがに今回そうは行かず、結構疲れました。
しかも走る距離が尋常じゃないし。


愛知県の豊川から実家の北見市まで、距離にして概ね1700㎞(オドメーター測定)。

これを青森~函館間のみフェリーを利用し走って来ましたが、ほ~んと丸一日掛かりましたよ。
途中、道路が混むのを嫌って日本海回りで走りましたが、東京回りの方が早かったかもしれませんね。


青森からフェリーに乗り、函館に着いて驚いたのが気温で、なんと7℃しかナイ!。
愛知県では30℃近くもありましたので、私は半そで半ズボンで運転してきたんですよ。

ところがフェリーを降りる頃には寒くてそんな恰好ではいられません。
しかもそんな夏みたいな恰好をしているのは私一人!。
あまりの寒さに持ってきたジャージに着替え、北海道の地へ7年ぶりに戻って来ました。

一応カメラも持って来たんですが、函館は雨で写真を撮れる状態ではありませんし、ましてや観光で来たわけではないので、とにかくここから実家の北見市まで頑張って走って行かなければなりませんから。


今回、函館からは高速優先というより最短距離&大きな街を迂回しながら走りました。

ここ北海道では、高速に乗っても函館からでは片側1車線しかありませんので、前が遅ければ追い越しも出来ません。
場合によっては一般道を走る方が早いんですよ。
もちろん道東道でも同じで、前にトラックがゆっくり走られた日にはどうしようもないです。

そういうわけで今回は函館~長万部間を国道5号線で。
そこから先は室蘭&苫小牧近辺の信号の多さとクルマの多さで時間が掛かるため、長万部~苫小牧東間だけ高速を利用。
その先はアイヌ村で有名な日高の平取町(びらとり)まで走り日勝峠をぬけて十勝側へ。
アイヌ村より競走馬の生産地の方が有名か。


日勝峠を下って清水町まで来ましたが、ここから帯広まで出てしまうとやはり信号の多さに時間を食われるので、蕎麦で有名な新得町経由で足寄方面へ。
足寄まで行く途中でまたもや山逃げで大雪山の麓を経由してやっと北見市まで。

最短距離で走ったんですが、それでも函館から北見まで600㎞ほどありましたよ。
この距離、ちょうど東京~大阪間くらいですね。

ちなみに愛車のCX-5君、頑張りました。
函館で一度給油し北見まで走って来たんですが、到着後燃料ゲージは半分ちょっと切るくらいで、平均燃費は17.5㎞/Lとメッチャ優秀。
さすがに長距離クルーザーとしては最適と言われるだけあります。


そういえば上に信号信号と書いていますけど、道東方面では上手に迂回すると10㎞走っても信号が1個もないとか、これが当たり前のようにあるんですよ。
私が迂回した足寄~置戸間(約80㎞くらい)、信号1個も無いです。

これ救急車の原理?と同じで、法定速度で走っていても、どこにも止まらないからぜんぜん早いと同じなんですね。
したがってこんな方法で走ると、600㎞もの距離を約8時間ほどで走破しています。
もちろん高速も利用していますが、使ったのは約80㎞ほどだけでしたからね。


さて、肝心の母親に関してなんですけど、今日ICUから出され一般病棟へ移されました。
普通に話もでき、まだ歩くわけには行きませんがベッドの上で起き上れる状態なのでホッと一安心。

30分くらいしゃべって来たかな?。

予想よりも元気でしゃべっていたので良かったですよ。
それでもあと2日ほど滞在します、なんたってICUから出たばかりですから。

とにかく母親は私の顔を見るなり、

「心配掛けたね」

でしたね。


さて実は今日、何十年ぶりかに親類の家にも立ち寄りました。
ほ~んと25年ぶり?くらいに従妹の顔を見ました。
まぁ~皆さん歳が歳ですからあちこち身体に支障は出てきたものの元気な顔を見れて良かったです。
叔母さんは80歳とは思えないほど元気だったなぁ~。

まずは報告がてら(だれに???)今日はここまでにしておきます。
とりあえず母親の状態が予想より良かったので遠くへ行くわけには行きませんが、帰る前に近くを写真に収めようと思います。
写真のUPはそれからということで。



急遽北海道へ

ちょっと間が空きましたが、連休後意外に忙しくて右往左往していました。

唐突ですが、これから北海道の実家へ行って来ます。



弟から連絡がありました。

母が入院したそうで、その見舞いがてら実家の北見市へ帰るんですけど、ちょっと気になっています。
なにせ母は昭和10年生まれ、したがってもう80歳ですから。

父と電話で話をしましたが、詳しいことがよくわからないというか、父もすでに83歳ですから、医師からの話をちゃんと理解して私に説明してくれているのかどうかもよくわからない・・・。

父には、

「とにかく行くわ」

とだけ伝えて、向こうへ行ってから状況を確認したいと思います。


会社には事情を説明し、日曜日(17日)まで休ませてもらえるよう昨日出先の甲府から連絡をしました。

そうすると運行管理者から、

「定期の関係もあるし、状況を見に行くにしても行き先が北海道じゃ休みが短すぎるから、2運行休みでいいよ(20日までOK!)」

とのことで、この言葉に甘えて飛行機ではなく、こちらからクルマで行くことにしました。

なにせ向こうへ行っても移動手段はバスや電車(北海道では汽車)しかありませんし、家(実家)から病院へ何度も往復することになると思いますので、クルマはあった方がいいだろうと思いまして。


とりあえず女房と二人で行って来ます。

まぁ~女房も自分の実家(同じ北見市内)へ帰るのは7年ぶりですから、ついでに自分の親の顔を見てくるのも良いでしょう。
なんたって女房の親も、ウチの親と大して変らない年齢ですから。

とにかく7年ぶりに実家へ帰ってきます。
観光じゃないのがちょっと辛いですけどね。


息子?

「なにかあったらお前も大阪から飛んで来い!」

っと言ってはありますけど、


そうはならないよう祈りながら行ってきますよ。


先がおもいやられる・・・

参ったねぇ〜・・・。
連休最終日、予備車で走って通行止めにハマってしまった。
場所は国道1号線上り、富士市の高架橋の上。

私の止まった場所から500mくらい先で横転事故だそうで、確か10時半頃に止まったから、かれこれもう1時間は動いていない。

私の後ろはだれもいないんでバックしてもいいんだけど、さすがに全長12mじゃなぁ〜。

Uターン出来る場所まで近いんだったらちょっと考えるけど、高架橋の上だし、バックするとなると500mくらいあるからちょっと無理だね。

人より1日早く始まった私の仕事。
スタート早々凹むわぁ〜・・・。
まだ富士へ行ってからちょっと戻って国道139号線を使って甲府まで行かなきゃならないのになぁ〜。

さぁ〜て、いつ解除になるのかな?。
しばらく強制的に休憩だな。

*****

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ヒマだから(このタイトル何回使った?)

水辺の鏡
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シャクナゲの花
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1/2000秒でも止められない熊蜂の羽
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トトロがいっぱい!
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GW、ヒマなもんでぇ~・・・

な~んか疲れた・・・

私にとって、心身共にや~っと休みに入ったような気がする。

先月29日、息子の店に飲みに行った際、予想出来ないサプライズ?がたくさんありまして、ちょっと調子に乗って酔ってしまいました。
酔ったというより頭が混乱していたかな?。

そのサプライズの一つに、このブログでお付き合いさせてもらっている人の声をちょっつとだけでも聞けたのは驚きました。
7年以上も書いていて、声だけでも直接お話をするというのは初めての経験ですよ。
なにせコメントのやり取り以外で、このブログに顔を出してくれる人と合ったことはありませんでしたからねぇ~。
本当にありがとうございました。

またこれ以外にも息子からアッと驚く話もあり、ちょっと混乱?。
ちょっとじゃないか、そうとう混乱したかも・・・、

帰ってから女房に話したら、

「うん、知っているよ、まだ合ったことないけど」

さすが女房、ちょくちょく息子と連絡を取り合っているだけある。


でもまぁ~今回、一緒に飲みに行った後輩も満足していたようなので、いろいろと本当に良かったです。

ただ次の日がちょっとキツかった。


30日、予想外に物量は動きテンテコマイ!。
通常よりは少ないと思うんですが、減便体制の中、こちらの予想を上回ったというところでしょうか。
どうやら世間はGW後半に休みを集中させたみたいで、30日は意外に平日体制で臨んだようです。

5月1日甲府便

この日は往路だけの定期のはずだったんですが、ウチの店での顧客動向調査から6日がちょっと厳しくなりそうで、その対策として予備車を用意することに。

これに私が担当するはめに・・・。
まぁ~しょうがないか、若い連中は家族と遊びに行きたいだろうし、また立場上私が出ないとね。

一応、静岡県下(もしくは甲信越)の予備車で待機の予定で、最終的には甲府へ走ります。
なんたって定期通りなら7日甲府配車を受けなければならない私ですので、荷物の多い少ないに関係なく、6日は甲府へ走らなければなりません。

本当は昨日、向こう(甲府)で終わって一風呂浴びてビール片手にゆっくりしようと思っていたんですよ。
もちろん帰りは3月の連休同様、電車を乗り継いでの帰宅となる予定でしたから。
富士山見ながら身延線にゆられ、静岡からは新幹線。

でも、それは予定だけで終わっちゃいました。

そういうわけでこの日、6日の予備車として待機しなければならないため、仕方ないから甲府まで走ってそのままトンボ帰りです。

道路は往路は問題なかったんですが、復路は2日早朝となる関係で、渋滞がどのくらい出るかで私が帰れる時間も変わってしまいます。

やはり私が予想した通り、2日早朝から豊川~三ヶ日(東名)&豊川~浜松いなさ(新東名)間で20km以上の渋滞発生。
ここは来年?(本当は今年後半には開通予定だったのに)新東名が御殿場~豊田東間が開通するまでの逃げ道のない連絡道路で、常に三ヶ日JCT付近で渋滞するんですよ。

だいたい無理があるよなぁ~、どちらも交通量の多い新東名と東名を同じ2車線どうしで1本に合流だなんて。

一応甲府を出る段階からどうするか考えてはいたんですよ。

国道52号線を下って新東名新清水ICで高速に乗る。
ちょっと走って新清水JCTでどうするかを考えるわけです。

ここで連絡道を使って一度東名へ向うか、そのまま通過して渋滞していても迂回し難い新東名をそのまま走るか。


うぅ~~~~ん・・・

もうこの段階で豊橋北バス停を頭に、どちらへも15km以上渋滞しています。
渋滞通過時間は間違いなく1時間以上、しかも渋滞の最後尾までここからまだ1時間以上走ってからなので、着いた時にはもっと渋滞が延び通過時間も長くなることは必至です。

新清水JCTから東名側に迂回すると順調に進んでも10分遅れる。
どうせ三ヶ日までしか行けず、とてもそこから豊川ICまで1時間も並んでられない。
そうなると三ヶ日で下り、姫街道を使って豊川まで約30分。
高速を走る時間は1時間と20分ほど。
トータル1時間50分で到着予定?。

一方、新東名をそのまま走れば豊川まで1時間と40分ほど。
でも、もちろんここも渋滞中なわけで、やはりここでも浜松いなさICまでしか走れず、渋滞を通過するには1時間以上かかる。

そこで浜松いなさICで下り、ちょっと遠いけど新城回りで帰るにはここから45分ほど掛かる。
高速を走っている時間は約1時間と15分ほど。
これに一般道走行を加えると約2時間。

ちなみにどちらへ走っても渋滞にハマってしまったら、最低豊川まで3時間は掛かりそうなわけで、その選択肢は私にはありませんでした。



さて、どちらを選んだと思います?

到着時間が10分早い東名側か、迂回路が遠い新東名側か。

ちなみに走行時間は、渋滞や走行距離、一般道の速度状態を私の頭の中で計算しただけで、決して正しい時間ではありません。


私が選んだのは、新東名側から迂回するルートです。
なぜ到着時間の早い東名側を選ばなかったか?っというと、

こちらを選べば間違いなく迂回路は東名高速沿いに走る一般道の姫街道となります。
通常この道は主要幹線ではなく、国道とはいうものの山間を走るのどかな田舎道なんですよ。

ところが最近の乗用車に積まれているナビはそうとう優秀で、渋滞しているとその通過時間を検索し、迂回ルートの走行時間と照合し、迂回した方が早いとなると、主要幹線でなくても画面上に的確に指示を出すんですよ。
この指示先が間違いなく姫街道なんです。
ちなみに古い機種(ナビ)では、迂回路=主要幹線だったため、姫街道のような狭い道へは誘導しませんでした。

いつだかも同じ場所で長い渋滞が発生し、私は東名三ヶ日ICで下り姫街道へ迂回しました。
ところが、前も後ろもこの辺ではないナンバーの乗用車の列!。

「なんでこんなヤツラがこの道を知っているよ#!」

姫街道は決して広い道ではなく、トラック同士のすれ違いでは、場所により待ってやらないと交差出来ない場所がいくつかある道路なんですよ。

そこへナビに任せてあふれ出る乗用車の数々・・・。
とうぜんここでも渋滞が発生。
しかも通行感知センサーなんか設置されていない田舎道なわけですから、当然ナビにはこの道の渋滞表示はされない。
それでもナビを信じて渋滞に突っ込むマイカー旅行者・・・。

私からすれば、

「バカヤロー!、お前らバカナビ信じるくらいなら高速で渋滞に並べ#!」

でしたよ。


それを経験しているので新東名側へ迂回したんですよ。

浜松いなさからの迂回路、よほど道を知っているか、地元の人間でなければわからない道路なんですよ。
私の乗用車に付いているナビ(一応新しい)でも、迂回路でここへ誘導はしません。
一度浜松側へ出るか、渋滞にハマっていた方が早いと出ます。

「ば~か、お前(ナビ)より俺の頭の方が優秀なんじゃぁ~#!」

な~んて最新ナビをけなしてやったことがありますし、表示される到着予定時間を30分も前倒ししたときには、

「ざまぁ~みろ!」

ですよ。



実はGWのよう観光客が多いこのシーズン、これを利用したんですよ。
ナビが誘導しない迂回ルートを回った方が空いていて走りやすいのと、5分10分の時間差なんか、一般道で渋滞してしまったらすぐ帳消しになってしまいますから。

でも、この道路も新東名完成に合わせ、すでに拡幅済みで、いずれナビの迂回ルートにされちゃうんでしょうねぇ~。


携帯で連絡していた同僚はやはり三ヶ日回り、

同僚
「そっち遠いじゃん、一度走ったけど15分くらい遅れたぞ」


「そっちは下りてからが大変だと思うぞ、俺は時間が掛かっても楽な方へ行くよ」

でした。


結果

やはり私の方が早く到着し、同僚は三ヶ日で下りてから時間が掛かったそうです(私の予想通り)。
それでも帰って来たのは朝の8時頃と結構疲れましたよ。


それにしても毎度のことですが、GWはお盆やお正月よりクルマが多いような気がします。

お正月は意外に分散しますし、お盆は休みが短いせいかGWほど交通量が増えるわけではないように思います。

しかしそんな中、仕事とはいえ高いキャビンの上から見ていると、
お父さんは頑張って運転しているのにお母さんや子ども達は爆睡。
カーゴルームは荷物で満載で、ルームミラーで後ろを確認出来ないほどビッシリ。
後ろの席では子どもが口を開け窓に寄りかかって寝ている。

普段見られない光景を楽しみながら帰って来ましたよ。

マイカー旅行のみなさん、無理せず安全運転で走ってくださいね。


それにしてもちょっと疲れた。
息子どうするかわからないし、今日はリンク先でも覗きながらゆっくり休もう。


*****

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