例年と違う・・・

毎年3月も後半になるとほとんど寝る時間しか取れない状況に追い込まれます。
そうです、年度末繁忙期に入るわけです。

物流って、その年(年度末の3月末日〆)の物はその年の内に捌き、後々調整がされ決算となる企業が多いんですよ。
したがって企業は納期を前倒ししてでも自社の売り上げを少しでも伸ばしたいわけで、その煽りを喰らい物流業界は右往左往するわけです。
まぁ~ウチの会社もそれを見越して3月は目標額が高かったりするわけですけどね。

しかし・・・

今年は驚くほど荷物が動かない。
19・20日の連休明けだけちょっと膨れ上がった程度でして、そこからは下降の一途。


えぇ~・・・なんで???


今日30日なんかまるで閑散月の、しかも一番荷物が動かない日に匹敵するほど物量の落ち込みが激しい。
だいたい私は昨日仕事で今朝帰って来たものの朝の3時半にこのブログを更新している自体よっぽどヒマだったということです。
午前3時半じゃ、まだ朝とは言わないか。

今日31日のお客様動向調査では、荷物が爆裂する予定だそうです。
たった1日の爆裂で年間決算にどれだけ影響(底上げ)することやら・・・ですよね。

来月の給料、たぶん大したことないんだろうなぁ~。
なんたって私の給料、8割歩合で稼いでいますから。

4月にもらう給料明細を女房が見たら、

「3月って一番の稼ぎ時じゃん#!、なのにこの給料?」

っと言われること必至!。

もちろん私だって歩合給である以上、毎日自分の取り上げ高は把握していますから、来月もらう給料はこのくらい、っと云うのはもらう前からおおよそわかっています。
昨日までの目減り分をフォロー出来るのは今日だけですが、どんなに頑張っても11t車には11tしか載せられません!。

「荷物が爆裂するんなら20tトレーラー貸して、私一人で積んで走って降ろすから」

っとわがまま言ってもムリ!


せっかく去年、役を外れて自分の稼ぎのためだけに働けるようになったのに、これじゃなぁ~・・・。


それにしても今年は変ですねぇ~。
同業他社も我社同様忙しそうには見えないんですよ。

日本の経済、ただ単に人件費削減やら抑える物は抑えるで、発展型の利益収入ではなく縮小型の利益確保が出来ただけなんでは?。

ウチの会社もそう。

あれだけ物量の確保が難しい状況なのに利益は確保出来ているみたいです。
でも現実は、一人の人間がアレやりコレやりで右往左往・・・。

本当にこんな社会で良いんですかね?。
出るものを抑えての利益なんか1回限り(その年のみ)で終わると私は思うんですけど。

じゃ~来年はもっと切り詰める?。


勘弁して下さい。

私も女房もまだ慣れない?

さ~て今晩は久々の3日運行(泊まり運行)。

女房いわく

「これでやっとアンタのメシ作らないで済む日が出来たわ」



私って、そんなに厄介もん?



まぁ~いいわ、私も毎日ヘロヘロになって帰って来るロータリー便(その日帰り)より、出先でな~んも考えず風呂に入って爆睡するのも生活の一部で、それが何よりゆっくり出来る時間でもあるから。


グループ編成以前、毎日家に帰って来るというのはなかったもんで、私も女房も生活パターンが狂ってしまい、二人してなんだかぎこちないんですよ。
上記の女房の悪態は悪気があるわけではなく、私が居ない日は自分だけ食べられれば良い食事(質素な食事?)で済ませているわけで、私がいるとそういうわけには行かないわけですから、そういう意味では私が家に居るだけで女房に気を使わせているんですよ。

でも、だからといってお互いなにするわけではないんですけど、やっぱ普段の生活リズムって重要ですよね。


さぁ~今晩は代役の代役で、今まで走っていた大阪は茨木便!
で当然、明日は慣れ親しんだ出先でゆっくり寝られそう。
だからといって自分の家(部屋)でゆっくり寝られないわけではないですよ。
ただただ出先で落ち着いて寝られるのは久しぶりということ。


でも代役の代役・・・???


そういう役目は昨年で終わったはずなんだけどなぁ~・・・。

たぶん初めて、

最近、仕事カテゴリばかりで申し訳ありません。



編成替え後、久しぶりのアマ(尼崎)やら名古屋ロータリー、遠州ロータリーと編成中の穴を埋めるためアチコチ走りました。

ほ~んと疲れた・・・

今日、本来甲府(これも代役)で出勤なんですがぁ~・・・配車係に、


「ちょっとのびた、しかも来週も土曜日まで仕事で埋まっているし、今日をパスして明日(日曜日)に積んで出ても良いか?」

っと聞いてみました。


ようは、本来今日積み込みだけに出勤し明日夜出発なわけで、片付けてくれる人がいれば明日積んでも問題ないわけですよ。
ただ、それを片付けてくれる人が必要なわけで、無駄な人材を使うことになるわけです。


とにかく疲れた・・・


ちょっとでいいから休みたい・・・



歳取ったんですねぇ~。



編成替えなんざ私が主導して何回もやったのに、これが役を降りて動かされる立場になったとたん疲れ果て、慣れない環境がどれだけ大変かを今さら思い知りました。

年齢的に(最近役を降りた立場的にも)断ることは出来たんですが、以前は自分が周りを振り回していた立場上嫌でもやるしかなかった。

でも・・・




今回、入社以来初めて、

「今日は休ませて、そのかわり明日(本来仕事日ではない日曜日)で調整するから・・・」



こんなこと言ったのは初めてですよ。


今年58歳、


新しい環境になかなか馴染めない歳になった情けない私でして、どれだけ歳を取ったか実感しますし、以前は立場上責任があったためこんなことは考えたこともなく、もちろんこんな弱音を吐いたこともありません。


とにかく今週は疲れた・・・
身も心もボロボロ・・・


年甲斐も無く、ちょっと無理し過ぎたかな?。


つ・か・れ・た・・・・

グループ編成替えの初日が昨日、十ウン年ぶりの尼崎定期へ向った私。

過去スポットでは時々入るんですけど、これは降ろしに寄っただけで、本定期として入るのは上にも書いた通り十数年ぶり。


私が定期として走っていた当時とは往路復路共に立ち寄り店は変っていますし、なにより荷質そのものが変っていました。
まぁ~10年も行ってなければ取引先が変るのも当たり前で、ある程度右往左往するのを覚悟していました。


まずは豊川からの到着。

ずいぶん変っていましたが、夜勤の顔ぶれは昔とそれほど変らず、

「おぉ~~~中森さん久しぶり、相変わらず元気そうだね」

ですよ。


で、昔なじみのコイツを捕まえて、


「これどうやって降ろすのよ(乗務員の仕分け作業)、ちょっと教えてくれ」

同僚の夜勤
「まぁ~アンタが来ていた頃とはずいぶん違うから手伝ってやるよ」

とのとこで、アレコレ教えてもらいながら往路は無事完了。


その後風呂に入って食事を済ませ、ある程度の時間になったら仮眠室へ行って寝るんですがぁ~・・・

この仮眠室の部屋がわからん・・・

ウゥ~~~ン・・・



ウチの店の同僚から、

「当時とは部屋もベッドの位置も変っているから向こうで確認して」

とのことでしたので、真っ暗な廊下の電気をすべて点け、やっと部屋を見つけその部屋の電気も点けて寝る位置を確認。


だぁ~れも寝ていなくて良かったぁ~!


これ、自分が寝に入っている時にいきなり電気を点けられるのは(部屋全体)嫌なもんなんですよ。
特に寝入りばな電気を点けられると目が覚めちゃいます。
だから普通、私も含めて仮眠室に入る時には電気を点けず、携帯℡の灯を照らして入って行くようにしています。
そうすれば寝ている人に迷惑にならないから。



さて夕方、尼崎からの復路定期。
接岸位置も違えば両隣の定期も昔と違う・・・。
でも、幸運なことに尼崎所属の古株連中が相手。

ラッキー!

なぜラッキーか?っというと、この連中、昔からの顔なじみなので聞きたいことが聞きやすい。

いろいろ教えてもらいましたよ。

「アンタが来ていた頃とはだいぶ違うからねぇ~」
「あ、この台車使って、あのリフトは確保してあるから自由に使って」

など等、メッチャお世話になってきました。


ちなみに昼間の現場の連中、

「おぉ~中森さん久しぶり、なにまた復帰するの?」


「今朝夜勤に同じこと言われたよ、またよろしくね!ハハハ(^^ゞ」


この現場(ホーム作業員)、私のことを名前までしっかり覚えているんですがぁ~、私は彼の顔は覚えているものの名前が出て来ない。
ちなみに私の本名、実は非情読み難く覚えてくれる人は少ないのに、それでも彼はしっかり覚えていた。


まいったぁ~・・・。


さ~て復路も無事に終わり、今日明日と小牧ロータリー。

女房の言う
「毎日ご飯作るのが面倒・・・」
っと言われるその日帰りが2日続く。

そんなこと言ったってねぇ~。


今週土曜日はPTA会長のため(同僚のあだ名)一度甲府へ走るんですが、その後は京都南が待っている。
今や他店から見ても古株の私ですから、そこは尼崎と同じよう昔の顔を使って京都南の連中(古株連中)を捕まえてなんとかしよう。


新しい仕事に移るというのはいろいろと大変なもので、これが新人クラスならもっと大変でしょうねぇ~。

顔が利かない、時として言葉も上手く通じない(早口で方言を使われる)、それでもって周りに誰一人助けてもらえる人間がいない・・・。

私にもそんな時代ありましたわ。

「だれも助けてくれないんなら、どんなに時間が掛かっても一人でやり遂げてやる#!」

くらいの勢いでしたよ。

特に関西はその傾向が強く、知らない相手は無視する・・・くらいの雰囲気ありましたねぇ~。


それに対して関東(特に東京)は、基本地元ではない人間の集りなのか、困っていたら手を差し伸べる人が多かった気がします。
どうでも良いことでも、見たことがない人には何がしか声を掛けてくれる人が多かったですねぇ~。


さて私と代わって玉突き移動の新人君、関西で上手くやって行けるかな?(堺&松原定期)。


関西定期、

私のよう一度顔を売っておけば、何年経っても覚えいていくれて(これが関西の良いところ)、困った時には助けてくれるよ。
私も新人を乗せていた当時、

「まずは仕事より顔を売れ、そうすれば後々自分のためになるから」

っとよく言いましたっけ。


いやぁ~・・・私、

過去、関西のアチコチで顔を売っておいて良かったと、今さらながら思う久々の定期でした。






そこまでやらんでも・・・

またメンドクサイことが始まっちゃいました。
今月は年度末で忙しいところに、

「今月中に全員クリアして下さい」

だそうです・・・


それでなくても今月私は違うコースを走ることになるんだから、そんなことやってられないんですけど・・・

っと、言いたい。


なにが始まるか?っというと、

プロドライバー始業点検チェック!

ようは、普段本当に自分が乗るトラックを規定通り毎日ちゃんと点検をしているか?が問われるわけで、これにはインストラクターが立会いチェックし(点数が点けられる)、これに合格するまで続けられる・・・。


うぅ~~~ん、メンドクセェ~#


なんたって普段、簡易的な点検しかやってないからなぁ~。
まずはマニュアル片手に覚え直すしかないなぁ~。


ちなみにプロドライバー始業点検、あの時々TVに出て来るトラックドライバーコンテストでも使われる点検方法でやらなくてはなりません。
あれそうとう難しいんですよ。

私の場合、たくさんある点検箇所の何処かが抜けちゃいます。
しかも時間指定もありますしね。

まぁ~今回、時間指定は解除されるそうで、とにかく抜けることなくすべてをチェック出来るか?を見られるわけです。


忙しい中、余計な仕事?が増えたなぁ~。

今やコンクリート並みに頭の固くなった私では、何回目でパス出来ることやら・・・。

あぁ~憂鬱・・・。


*****

続きを読む

いよいよ・・・

さて昨日3月1日、最終の茨木便復路となりました。
何年通ったよ・・・。

で、今日2日は最後の甲府・・・っと思いきや、人手が足りず3月あと2回も甲府が配車されている。
なかなかスッパリと替えられないもんだねぇ~。

実は今月から編成替えのため私は尼崎と京都南(長岡京市)+小牧ロータリーへ移動になります。
尼崎&京都南は相手者と相互乗り入れのため月、水、そして金曜日だけドッキング(ドッキングの意味がわからない人は過去記事から探して)。
そのためサラリーマン生活(月~金出勤で土日休み)へ転身。
女房いわく

「アンタのご飯作る日が増えたじゃん#!、あぁ~メンドクセェ~~~!!!」

そんなこと言ったって・・・

良いんだか悪いんだか、
でもこれで買い物に付き合わされる日々が増えること確実(荷物運び要員)。


さて、このブログが始まったのが2008年3月。
今年2017年ですからこのブログも、もうすぐ丸9年にもなろうとしているんですねぇ~。

そ~だよなぁ~・・・(当時を思い出す)


息子が大学進学のために初めて家を出ることとなり、向う(北海道の大学)へ行っても我が家の状態がいつでもわかるよう始めたのがこのブログ。
ついでだけど、当時右半身に軽い麻痺が出ていた私は、指の運動のために息子に勧められて始めた、っというのもありましたけどねぇ~。

それにしても、私じゃ女房みたく息子にホイホイ電話するわけにもいかないし、どうやって私の近況を伝えようか?っと悩んだ結果、じゃ~こういう方法(ブログで一方的に伝える)もありかな?っと思ってね。

でも、その息子も今では27歳、結婚して女房と娘までいるわけで、当時の目的はとっくに果しているはずなのに未だ続く[オッサンの独り言]・・・(^^ゞ。
数少ない読んでくれる皆さんのおかげかな?。



さて、

このブログを遡って、当時はどこの定期を走っていたっけ?、っと探してみました。

2008年当時、私は関東へ行っていましたねぇ~。
行先は東京の足立便と埼玉県は入間便。

その後一部編成替えのため(自分でやったんだが)、大宮便と越谷便(どちらも埼玉県)へ変更。
でぇ~、次がなんだっけ???

あぁ~そうだ、一時的に遠州ロータリーやら小牧ロータリーをかませながら関西は堺便を応援していたんだ。
途中、甲府との組み合わせもあり、あの頃はアチコチ走っていたなぁ~。

で、またもや関東が手薄となり、その後東京便と柏便(千葉県)へ変更。
その頃ですかねぇ~スカイツリーが完成したのは。

そうそう東京で出先休みの際(江東区新木場)、スリッパみたいな靴で歩いて見に行ったっけ。
帰りは足が痛くてバスで帰って来たけどね、ハハハ(^^ゞ。

その後か?今の甲府&茨木の定期になったのは・・・。
ただし土曜日だけ茨木ではなく奈良に入るようになったけどね。

それから考えるとこの定期、結構長くやったんだなぁ~。

もっと遡って、


入社当初は関東を3本走っていたんですよ。
足立便(現在の足立便とはちょっと違う)、越谷便、それと茅ヶ崎便。
この茅ヶ崎便だけちょっと長くて約5年走った。
当時の茅ヶ崎便は、一度横浜まで行って戻りながらの藤沢、そして茅ヶ崎。

その後茅ヶ崎便を抱えたまま千葉便(市原市)へ移り、それが1年ちょっと走っただけで突如尼崎&大山崎便(京都府)へ。

現在は大山崎という店はありませんが、その代替店が今度走る京都南支店なんですよ。
ちなみに大山崎支店という店、現在の大山崎Jctの真下にありまして、当時京滋BPと名神を繋ぐため立ち退き要請があった場所です。
引っかかっていたのは敷地の2/3なんだそうですが、当時の大山崎支店と同等の店を作るには狭すぎるため移転となったわけです。

じゃ~残った土地は?

確かお隣さんが買ったと思いますよ。



お隣さんっというのは、関西の年輩の方ならわかるでしょうが、旧大阪発動機京都プラント!


大阪発動機って知ってます?。

略すと、
動機


つまり、ダ・イ・ハ・ツ!


そう、現在のダイハツ自動車。



この頃ですよ、走りだしてまだ一ヶ月も経たない内に阪神淡路大震災があったのは。
日曜日の朝でしたよねぇ~。

この日私は尼崎便を担当していまして、コースは豊中、神戸(六甲アイランド内)、そして戻って尼崎だったんですよ。
正直、関東ばっかり走らされていた私を、なんでいきなり関西???っと思いましたよ。
もちろん北海道出身の私では土地勘すらない場所なのに突然の移動命令!。
それなのにまだ2回しか走っていないのにいきなりの試練・・・

すでに栗東から高速は全面通行止めの中、豊中へ行くにも迂回迂回で大変!。
しょうがなく梅田近辺の幹線道路を外しながら豊中に向かいましたよ、なにせ幹線道路はぜんぜん動けなかったから。

当時、スマホどころか携帯さえ持ていなかった時期ですし、ましてやナビなんざあるわけない!。
自分の持つ知識と感だけが頼り。

栗東付近で一度停まり、持っていた関西版地図と睨めっこ。

私、自慢ではないんですが、一度地図を見るとほぼその近辺の道路は頭に入る方なんですよ。
特に1度走ったことのある道は何年経っても忘れない方でして、走りながら、

「あそこであぁ~で、この先の信号を曲がるとここに出て、その後高架橋を渡り新幹線のガードを越えたたらこっちへ曲がり、そうすれば店の裏側に出て行ける・・・」

っと、100kmも200kmも離れた場所から頭の中で道と時間を計算します。



こういうの小学生の頃から得意で、親が遠出(家族旅行)して迷うたび、

「ちょっと地図(道路地図)見せて」

で、それを見て小学生の私が案内(行ったこともないのに・・・)。
それには親も驚く・・・。


そんなガキだったんですよ私。


なにせ地理に関しては、小学校時代も中学校時代も常に満点どころか、先生にも負けたことがなかった。
それ以外は大したことなかったですけどね。

まぁ~それが役に立ってあの悲惨な大震災直後の関西を走りまくったわけでして、当時、本当は大山崎と交互に走るはずが、
先輩いわく、

「お前ならなんとかしそうだから当分尼崎定期走ってくれ」

っと丸投げ!


オィオィオィ#


あの頃って、明石から豊川へ来ていた定期もあったんですが、その乗務員はほとんど出勤出来ず、代わりに私が尼崎定期なのに定期を大幅に超え、明石、西神戸(兵庫区)、神戸(灘区)、尼崎と走らされていたんですよ。

震災後2日目だかから神戸市内に入ることが出来なくなり(規制が掛かった)、そのため京都から一度福知山経由か彦根から舞鶴経由で明石へ入るしかなく、神戸は尼崎降ろしとなり西神戸は明石降ろしとなった(規制のため入れない)のは良かったんですが、どっちにしても一度大きく迂回して明石に入り、また大きく迂回して尼崎に戻るという過酷な定期!。
とうぜん近い福知山経由を選びたいところなんですがぁ~・・・

国道9号線は毎日大渋滞!

しょうがないから明石から尼崎まで小浜&敦賀経由で一度彦根に出で、そこから再度尼崎を目指すという悲惨な定期。
まともに寝る時間すらなかった。

大先輩に騙され?、「お前ならどんな過酷な状態でもなんとか出来る」、っと言われ、連続して一ヶ月くらいあの悲惨な定期を走らされたなぁ~。

私から言わせれば、

「30年近くも尼崎1本で走ってきたくせに、なんでこんな時だけ俺に押し付けるよ#!」

でしたねぇ~。

この時やっとわかりました、路線という仕事は何年勤めようと本当に電車の運転手と同じで、線路(定期航路)が無くなったらどうにも出来ない連中ばかりだと・・・。

それに引きかえ貸切上がりの私では、そんなことは日常茶飯事。
如何にして時間通りお客様の元へ荷物を届けるか、が重要で、その過程(不慮の事故等)はお客様には関係無いんですよ。
だから最大限努力する。
そのために知識を蓄える。

良くも悪くもこの会社のスタイル(路線職の能力)がよくわかった時代です。

その後鈴鹿とか土浦、あるいは新しくなった京都南を引き継ぎアチコチ走りましたよ。
もちろん尼崎もあるし遠州ローカルもあるし、小牧、茅ヶ崎、千葉(最終店は市川)等、一時一人で10コースも抱えていた。

その後赤字運行だったトレーラーのコースを私が単車(10t車)でやることに。

実はトレーラーって走るだけでもお金が掛かるんですよ。

当時は福島県まで走っていたんですがぁ~・・・
復路の定期に荷物は少なく、トレーラー(15t積み)なのに4~5tほどの積載量で帰って来ていました。
それでなくても高速代は後輪2軸のため単車の倍ほど掛かり、高速代と燃料代だけでも莫大でした。
しかもトレーラーは2人乗務という決まりがあったため人件費も2倍!。
上からもさんざん「ヤメロ#!」っという話があったんですがぁ~・・・、

豊川から東北向けの荷物は多く、突如勝手に定期をやめるわけには行かなかった。

そこで試行錯誤して私(当時すでに路線責任者となっていた)と管理職で話し合い、単車運行(ワンマン)なら赤字幅は少なく出来ると提案。
これが認められ単車運行に。

始めの頃は、

「誰が走るんじゃ、あんな遠いところまで一人で#!」
「終わってからの寝る時間は確保出来るんかい#!」

当時トップに就任したばかりの私では、無謀だとかバカだとかいっぱい言われましたよ。

でもそれを助けてくれた若い連中が(その中の一人が現在の私の後任)、

「年寄りの話なんか聞く必要ナイ!、俺らが走ってやる!」


そういうわけで、福島、土浦、沼津ロータリーの組み合わせで私を親分に若い連中で固めて無謀な定期を走っていたっけ。
夜9時頃には出発していても日が昇るまで第1店所に着かないような定期でして(距離が長い)、私の独断で決めたことなのに、み~んなよくやってくれましたよ。


その後は最初に戻って足立と入間ですかねぇ~。



酔った勢いとは言え、ちょっと書きすぎちゃったかな?。



さ~て事実上最後の甲府定期(不定期では入るけど)、挨拶しながら楽しんで来ます。
年齢的に出戻りは考え難く、本当に定期として走るのは最後かな?。

いろいろな店にお世話になったけど、甲府支店って、私にとって最高に良い店でしたよ。

イヤな季節

また今週も雪降りそうですねぇ~・・・。

1月20日午後5時現在の甲府、まだ雨で多少濡れる程度なんですが、山は完全に白い雲がかかり明らかに雪模様。
天気予報ではこれから雪に変わるらしいのですが、帰りどうなることやら。

長年ここ甲府に走っていますけど、甲府市内は降るのに国道52号線富士川町(旧増穂町)付近まで行くと雪はなくなります。
あれだけ山の中を通る国道52号線なんですが、不思議と静岡県境まで行かないと雪に見舞われることはありません。
ただ、何年か前にあった甲信越での大雪ではスゴいことになっていましたけどね。

先週の雪、豊川市でも積もりましたよ、しかも10年に1回降るか降らないかと言われる常春の国、渥美半島ですら積もったそうで、咲きだした菜の花が雪に埋もれているニュースを見ました。
あれはちょっと驚いたなぁ~。

ウチの女房、

「明日病院に行かなきゃならないのにどうすんの#!」

っと怒っていたので、しょうがなく愛車CX-5のタイヤをスタッドレスに替えましたよ。
自分がクルマを使うくせに交換したのは私で、寒い中頑張っているにもかかわらず女房は手伝ってくれません。

バカ野郎!

ですよねぇ~。

でも結局怖いから予定日をずらし行かなかったらしい。

んにゃろぉ~・・・



さてその日、関西帰りの人たちは大変だったみたいです。

ウチの所属では関西に5本入れています。
堺、松原、茨木、尼崎、長岡京(京都南)と入っています。

堺&松原の復路は名阪国道経由(のち東名阪)。
まぁ~当然です、名古屋方面へ向かうなら一番近いルートですから。

ちなみに堺、築港にありますが、阪神高速を利用するより、フェニックス通りを使いそのまま中環へ出て松原ICから西名阪へ乗るのが一番早いです。
松原は松原ICのすぐそばですから当然同じルート。
前回の雪、この2台が大ハマりとなりました。

茨木は大垣に寄らなければならないため名神経由、尼崎もほぼ同じ理由(寄る店は違う)で名神経由。
京都南は当然名神からのスタートですから同じく名神経由。
この3台は問題なく抜けました。
なんたって名神、お金払っていますから除雪は完璧!。

それに対し、名阪って一般道ですから入ってみなけりゃわからない・・・っという部分があるんですよねぇ~。
ついでに書くと新名神。

ここって山の上を橋とトンネルで結んでいるため冬は結構厳しいんですよ。
盛土の上とか橋の上、そして左右を塞ぐ物がない直線、しかも風が強いため路面は雪が飛ばされ表面だけが凍る。

メッチャ怖いですよ。
時としてスケートリンク状態です。
スタッドレス、雪には強いですが氷にはぜんぜんダメ!、夏タイヤよりはちょっとマシ程度。
結局チェーンを掛けないと走れません。

あの日もこんな状態だったみたいで名阪&新名神を経由した人は悲惨だったみたいです。


さて今晩から明日に掛けてどうなるのかな?。
大阪や名古屋でも雪マークですしね。


今年は当たりかなぁ~・・・。
もちろん雪にね!。


とにかく今晩、無事に帰ってゆっくり休みたいです。
なにせ今年初の土日連休となる私ですから。

今日は頑張って早く仕事を終わらそう。

読むのが辛い記事

再配達や年中無休、本当に必要ですか? 過剰品質が働く人を追いつめる

yahooニュースで見ましたが、身につまされる記事ですねぇ~。

ウチの会社は数年前から正月やお盆、そしてGWなど完全休養日にしてしまいました。
もちろんすべての日がお休みではないですが、完全にお休み(誰も出勤しない)という日が出来ました。
私のブログを以前から覗いている方々は、私がどこの会社で働いているかはご存知だと思います。

数年前までは年中無休24時間営業だったんですよ。
それがここ数年、休む時はみんなで休もう、的な状況に。

良いことだと思いますよ。

何十年か前、走っているトラックの中で紅白をラジオで聞きながら、それが終わるとカウントダウン!。
そんな放送を聞きながら東京へ向けて東名高速を走っていた思い出があります。

その時、私思いましたよ。

たかが数個の荷物のために大型トラックを使い、人件費や高速代、そして燃料代をはたいてまで走る必要があるのか?

っと。


本当に数個(一桁)だったんですよ。
それこそ乗用車にでも載せられるくらいの少なさと荷物の小ささ。
それを年末年始にまたがりながら走るんですよ。
しかも復路はなく、トラックを置いて東京から新幹線を使って家へ帰ってくるアホな片道定期(費用会社持ち)。

どう考えても大赤字でしょう。

SDは大変ですよ。
今や時間指定は当たり前、居なけりゃ何回でも行かなきゃならない。

ゆうパックとかいいですよね法律に守られているから。
居なけりゃ不在表に、「いついつまで預かっているからそれまで取りに来い!」で済みますから。

それが出来ないのが民間の運送会社。

お客様が「取りに行くから預かっておいて」っと言われない限りこちらから取りに来いとは絶対に言えない。
なぜ言えない?
それ運送法違反になるから。

じゃ~ゆうパックはなんで取りに来いと言えるの?
ゆうパックは運送法ではなく郵便法に則って仕事をしているから。
そうです、同じような仕事をしているのに縛られる法律が違うから。

それにしても最近のnet販売、無茶しすぎだよなぁ~。
その煽りを喰らっているのが運送会社。

あなたが仕事として午後6時頃に終るとして、突如夜の10時に会いたいとお客様に言われたとしたら行きますか?。
1回ならまだしも、それが毎日だとしたら行きます?。
あげくに時間通り行ったのに居ないので仕方なく帰ったら、「悪い、今から来てくれない?」とか・・・。

たぶん普通の人なら、

ふざけんじゃねぇ~#

ですよね。

これが毎日続くんですよ。


夜の時間指定、この記事にも書かれていますけど20%ほど居ません。
しかもその20%の中の40%の人は、後から再配達してもらえりゃいいや、っと思っているんですよ。

この時間に合わせるためにSDはれだけ苦労していると思います?。


我社でも荷物を出した店所から距離を測り、そこから600km圏内は基本翌日午前中配達が基本です。
ようは、午後8時頃まで持ち込むかSDが集荷行ける時間内(店によって違う)であれば、大阪を基点に東京や山口県下なんざ間違いなく翌日午前中に配達出来ます。
ただ、無謀に山の中とか離島とかは無理ですけどね、ハハハ(^^ゞ。
それでも最大限最速で着くよう努力します。

その一端を担っているのが私達です。

最低朝8時まで到着させないと配達に支障が出てしまう・・・。

事故で通行止めだろうが雪で動けなかろうが意地で朝の8時を目指します。
休憩時間が無くなろうが時には法に触れようが意地で着けます。
SDが待っているから、お客様が待っているから。

バカですよねぇ~。

もちろん会社はそんなこと要請はしません、ダメなら連絡して安全な方法で走り遅れてもかまいません、っと言ってくれます。
でも路線の連中は意地でも職務を全うします。
これは我社でなくても大手運送会社は同じなんですよ。

遅れれば自分の責任・・・
それがたくさんの人々に影響を出し何人もの人がお詫び安行・・・

そう思っちゃうから。


本当にバカです。
でも遅れず到着させることは私達路線の誇り!。
給料云々の問題ではない!。



こんなことがいつまでも続くことが問題なわけで、もう少し世間の人々に考えてもらいたいものですよねぇ~。


どんな商売も裏は見せません。
表だけを見て良いだの悪いだの・・・。


お客様は神様です。
だから良くも悪くも最善を尽くし表だけ見せる。

net通販全盛になってきたこの時期、そろそろ裏の苦労を見せても良いのではないかと私は思います。

この記事、もうちょっと大きくなってくれないかなぁ~・・・。

大型免許

ここ10年近くなりますが、運転免許の種類が、普通車、中型自動車、大型自動車、っと切り替わりましたよね。
以前(10年近く前?)は、普通車と大型だけで、あとはそれに+して牽引や大特があります。
それ以外は二種免許(営業用)ですかね。

最近の運送業界、運転手の応募が非情に少ないんですよ。

なぜ???

っというと、この免許制度がネックとなりトラックを乗れる若い人材が少なくなってしまったからです。

現在の普通免許(AT限定は無理)では、せいぜい2t車くらいまでしか乗れず、運送業界で一番必要な4tクラスが乗れません。
このためいくら募集しても免許が無いため採用が出来ないんですよ。

じゃ~、中型免許や大型免許を取るためにはどれだけお金が掛かるか?っということ。


何時ぞやウチの息子(半自営業者)が、

「荷物の運搬に小さなトラックを使いたいんだけど、俺の免許(普通車)では乗れないので、後々つぶしも利くことだし大型まで取ろうかな?」

っという話をしていました。

まぁ~、確かに運転手なら手っ取り早く戦力になるし給料も年齢に関らずそこそこ高い。

そこで、




つい最近、ウチの店のお隣さん、豊橋支店へ路線希望で新人君が入って来ました。
その新人君と話をする機会があったんですが、年齢は22歳(若い!)、当然つい最近大型免許を取得したばかり。

ちなみに愛知県では、普通車を持っていてから中型自動車免許を取り、その後大型免許を取るという二段階方式でないと大型免許は取得出来ません。

で私、
「トータルいくら掛かった?」

っと聞いてみたんですよ。

他店の新人君
「だいたい50万円くらい」


えぇ~~~!!マジかぁ~


ですよね。


別に公安委員会(免許センター)で何度も落ちてこんな値段になったのではなく、ちゃんと自動車学校へ行ってのお値段。
唖然としちゃいましたよ。

彼によると、普通免許をAT限定で取ってしまうと、一度MT仕様で乗れるよう免許の変更試験を受けなければならないのでもっと掛かるらしい。

オイオイ#!、国家試験(運転免許)にそんなにお金が掛かるかよ!

くらいなもんですよ。

それらの話を聞く限り、私が持つ大型自動車免許というのは、今ではプラチナ免許に等しい?。



私が自動車免許(普通車)を取ったのは19歳の時、しかも北海道の片田舎。

あくまでこれは当時のお話ですよ。

当時北海道でクルマの免許を取るためには、ほとんどが公安委員会(現免許センター)へ直接出向き試験を受けるというのが普通でした。
もちろんそれを補助する自動車学校というものもありましたが、なにせ費用が高く、当時でもウチの女房が自動車学校へ通いながら免許を取るのに12~13万くらい掛かっていました。
公安委員会で直接取るなら、印紙代ほかもろもろ入れても1回の試験に5000円くらい(あくまで私の記憶ですが)。

年輩の人ならご存知と思いますが、公安委員会で直接取る自動車免許は1発で受かる(合格)ことは稀です、必ずと言っていいほど2~3回は落とされます。
なんたって100点からの減点方式で、乗り込みの段階から審査さてれいて70点を切った段階で試験は終了(不合格)。
中には試験コースの外周を回っただけでクランクも縦列駐車もすることなくお帰りになる人もいるくらいです。
しかも試験コースは3コースあり、当日どのコースが試験コースになるかがわからず(試験直前に発表)、いやでも3コースすべてを覚えなければならない。
ちなみにコースを間違えると減点、当然間違える前に戻ってやり直さないと不合格。

めっちゃ厳しかった。

ちなみに私も公安委員会で取った一人なんですが、仮免で3回、路上で1回落とされました(落ちた回数はかなり少ない方)。

じゃ~どうやって練習する?。


そこは北海道の片田舎、畑にコースを作り親に同乗してもらいながら練習するんですよ。
あるいは山の中の道で無免許運転で練習(当然同乗者(免許を持つ者)アリ)。

な~んせ広大な北海道の道東地区、畑でも直線で2~3km四方あるのは普通で、公安委員会の試験コースより広く取れますから、冬、畑が使えない時に試験コース通りに除雪し、簡易コースを作り練習するわけです。
あと中学生&高校生なら、夏から秋にかけての農作業アルバイトでトラクターやトラックを運転して作業していますので運転なれはしているんですよ。

私も高校1年生の時、近くの農家の手伝い(アルバイト)で出かけ、農家のオッサンから、
「クラッチ踏んで、これが前進、これがバック、そして合図をしたらこのギヤを入れて後ろの機械を動かしながら走れ!」
っと、メッチャ簡単な説明を聞いて初めて農作業用トラクターを動かしましたよ。

前を見るんじゃなく、後ろの状態を気にしながら走るんですがぁ~、

オッサン、
「バカ!わだちに沿って真っ直ぐ走れ!曲がったら芋が掘れんじゃないか#!」

とか怒られていましたねぇ~。


まぁ~北海道では警察も寛大?なのか、いくら道路でなくても中学生や高校生がトラクターで農機具を牽引していても笑って見ていましたよ。

中にはパトカーの窓を開け、
「ヘタクソ!」
っとイヤミまで言いやがる警官まで。

「うるせぇ~、初めて引っ張ってんだから上手く行くか#!」
な~んて悪態ついていると、

「もっと上手く引っ張らないと無免許運転で捕まえちゃうぞ!」

っと笑いながら脅してくるおまわりさん。


そんな時代の運転免許制度でしたから、わざわざ10万も15万も出して自動車学校へ通って免許を取る人は少なかったんですよ。
まぁ~北海道の片田舎、っという環境も大きかったとは思いますけどね。

ちなみに大型免許、その5年後に取りましたが、それも公安委員会で直接取り3回目で合格(仮免2回目&路上は一発)。
掛かった費用は1万5~6千円くらい、でしたかね。


それが今では50万円ですかぁ~!。
そりゃ~運転手になろうという輩が減るわけだ。


しっかし、本当に自動車運転免許を取るというのは簡単になったんですが、その分費用もかさむようになったんですねぇ~。
今じゃ普通車ならAT限定免許(MT仕様免許より安い)を持つ人が増えましたが、今の乗用車95%以上がAT車(2ペダル)、MT車なんかわずかに5%未満しかなく、確かにAT限定免許でも問題ないかもしれません。

でもそれって、

本当に自分で動かしている感覚ある?。
機械にまかせっぱなしで、壊れりゃどうしてよいのかわからない・・・どころか、どうして動かない???くらいにならない?。
しかもパンクですら気が付かないほど動く限りは機械まかせ。

昔の免許制度の方が、構造くらいは説明してくれたし、費用は安くても試験は厳しく自分のためにはなった。


自動運転=人の手に頼らない安全運転

最終的にはこれを目指すんでしょうねぇ~。
それには莫大なお金が掛かるのと、人が勝手に機械をいじれないようにする?みたいな・・・。


今じゃ私が乗るトラックもハンドルだけ持っていれば勝手に走るし、前にクルマがいると勝手に減速するし、確かに運転は楽になりました。
でも知らないで使うのと、それを知っていてその機能を利用するのは違うような・・・。

いいんでしょうかねぇ~、結局お金を出せば免許が取れるというのは(すべてではないが)。


な~んか考えさせられる他店の新人君との会話でした。

担当変更?

一ヶ月ほど前に打診があったんですが、私、担当区域が変る予定でした。
どうもチーム再編が上手く行かないのか、はたまた上が現在の運行状態を維持したいのかはわかりませんが、とりあえずこのまま年末まで突入するみたいです。

現在はご存知の通り、河内便(最終茨木)と甲府便の2本、これを1泊2日で運行しています。
これを3往復へ持っていく案だったんですよ。
そこで河内便(茨木)はもちろん関西なわけで、これと甲信越にあたる甲府とのコンビはちょっと組み難いというのがありました。

やはり物量には日によって波があり、それを同じチーム同士で調整しあうのが普通です。
したがって2、もしくは3コース1チームで同じ方向に向くよう組まれているのですが、ウチのチームだけが関西と甲信越という組み合わせで、とうぜん方向が違うので同じチームの荷物を助けるというのは出来ません。
そこで現在欠員が出てる以上チーム再編という案が出て来たわけです。

予定されていた私が担当する便は、足立便(東京都)、入間便(埼玉県)でこれに甲府便。
ちなみにもう一方の河内便は、堺便と松原便、これに河内便が加わるという関西集中型の案。

まぁ~方向的には文句ないですよねぇ~。
特に関東方面はどちらかというと東名というより中央道よりの設定。
ちなみに関東便、上記以外にも3チームある。

ちなみにこの打診、私はOKしていました。
定年前は入社当時と同じよう最後は東京かぁ~・・・
な~んてね。

何回目の華のお江戸は東京行き?。

ただ、どうもその他の人間から一悶着あったみたいでとりあえず現状維持らしい。
今じゃ私はただの平社員、なかなか事前に情報を得ることは難しくなっているんですよ。

まぁ~いいです、私でやれるなら出来るところまでやってやるだけですから(イヤミじゃないよ)。


東京かぁ~・・・
しばらくあの夜景観てないなぁ~・・・。


大都会東京、

夜、特に雨上がりの湾岸線からレインボーを渡る途中、突如現れる摩天楼の光はまるで別世界!。

いつぞや新人を乗せた時、


「お前に東京の凄さを見せてやるよ」

っと言って、雨上がりの夜、わざわざ遠回りして湾岸に乗り南側からレインボーを渡りました。

レインボーブリッジ頂上付近から見る芝浦付近の摩天楼は驚くほど綺麗です。

新人君
「スゲェ~綺麗!、ここが日本とは思えない!」

でしたよ。


さて、遅かれ早かれ東京へ行くことになるのかな、私。

レインボーの上から見る東京の夜景も好きですけど、横浜ベイブリッジの上から眺める横浜港の夜景も素敵です。
これ、目線の高いトラックの運転席だからこそ綺麗に見えるんですよ。


あぁ~久々に観たいわ~、東京の夜景。
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中森 ユウジ

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