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最後の運行

昨晩、私にとって最後となる運行が終わりました。
まぁ~無事に帰ってこれたのは良かったんですけど、正直達成感もなければ最後の仕事という寂しさもないですねぇ~。

やっと終わったぁ~~~!!!

っという感覚自体ぜんぜんなく、また月曜日から仕事?っという憂鬱感の方がデカいです。
月曜日以降はただただ引越しの準備やら片付けをやるだけで仕事に行くわけではないのに、な~んかそんな感じ、そうそんな感じ。

今晩、私のために盛大に送別会が開催されます。
また今月は28日以降会社は休みに入るため(GW休暇)、金曜日の26日に私の最後の挨拶を兼ねて、会社から感謝状と記念品が贈られるそうです。
そこら辺まで行ったら、

あぁ~・・・本当に終わったんだ。

っと、実感するのかもしれませんねぇ~。
でも今は、

な~んか拍子抜け、

てな感じです。

いや、昨日から今朝にかけてたくさんの人から労いの言葉をいただきましたよ、もちろん私からも、お世話になりました、と今週はアチコチの店で挨拶してきました。
でも、最後の運行を終え家へ帰って来ても、今まで通りの感覚で、

「さて風呂入ってから一杯飲むか」

ですよ。
この一杯も感傷に浸るではなく、いつも通りのPC使ってnet検索からニュースを読み、

「あのパッカー車(ゴミ収集車)とプリウスの事故どうなった?」

くらいなもんです。

ちなみにあの事故のニュースを見て、

「こ~りゃ絶対帰らんといかんわ」

っと思いましたよ。

あの事故、原因をつくったプリウスの運転手は80代中盤だそうで、結局何人もの犠牲者を出してしまいました。
今後の人生たぶん時間は短く、気力や体力も年齢から考えて辛いものがあると思います。
当然、犠牲者がある程度妥協できるくらいの償いが出来ないまま人生の幕を閉じることになるんじゃないかと・・・。

ウチの親にはそんなことさせたくないですからねぇ~。
なにせ北海道(特に道東とか道北)、クルマがなければ生活が成り立たないほど公共交通機関が衰退し、今や死ぬまで運転をやめないお年寄りが増えましたから。
ウチの親もそんな一人なんですよ。

ほ~んと仕事を辞める以上に、そっちの方が気になりましたよ。


さてこのブログ、次回を最終回としたいと思います。
来週は1週間の有給消化でして、そのまま4月末をもってめでたく?定年退職となります。
ここ愛知県を離れるのは29日の予定でして、28日までは引越しに伴いアレコレやることが山積みとなっていますのでそちらを頑張ります。

とにかく、仕事の上で一度も事故や違反などなく60歳まで業務を全う出来たのはちょっと誇れるかな?。
33歳で現在の業務に就き27年、仕事で走った距離はおよそ300万km!。
いったい地球を何周したんだろうか?。

*****

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最後の洗車

ちょっと前(午前2時頃)、自分の責任車両であるトラックの洗車を終わらせてきました。
ただし今回は責任車両の引継ぎが月曜日にある関係上、かなり丁寧に、そして私物等をすべて降ろし引き継ぐ相手が困らないよう最善を尽くしてキャビン内のすみずみまで掃除&汚れ取り等をしました。

でも・・・なんでそんな時間(夜中)に洗車???

いゃ~・・・実はSD(セールスドライバー)車両の一斉点検が月曜日の朝からあるらしく、おかげで日中は小型車(2t&4t車)で洗車場を占領され、私のよう大型車両を洗車するスペースがなかったんですよ。

しょうがねぇ~、路線は路線らしく仕事同様夜中にやるか!

な、わけです。

ちなみに昼間は?っというと、引越し準備のために家の中を片づけ、要らない物を捨てに行くよう女房に言われていたので、愛車CX-5に載るだけの廃棄物を載せて市の処分場へ。

粗大ゴミを含め、ゴミの廃棄って結構めんどくさいですよね。
ところが私の住む豊川市、かなりユルユルの対応なんですよ。

最初に持って行ったのが小さめのタンス(金属部分はナシ)とか木製のベッドを分解し運んだんですが、正直ナニが良くて何がダメなのかよくわからない状態で運びましたので、これなら絶対大丈夫だろう、っという範囲で持ち込んでみました。

社内の人に言わせれば、どこどこの自治体は「タンスでも取っ手が金属の場合は外して仕分けて下さい」とか、配線関係は「細かく切って持って来てください」とか、あれはこう、これはこう・・・等、細かく選別しなければ受け付けてくれない自治体が多いそうなんですよ。
でもそれって結構めんどくさかったり、どれをどのように分別するかよくわからなかったりと困りますよね。

ちなみに豊川市、指定された廃品回収用ゴミ袋(かなり小さく10kgのミカン箱サイズでも入らない)に入らない物はすべて粗大ゴミ扱いだそうで、リサイクル法に引っかかる家電4品目(冷蔵庫(冷凍庫のみも含む)、洗濯機、乾燥機、エアコン)以外ならすべてOKなんだそう。
しかもそれに付随する配線がどうのとか、一部金属があるとか関係なく何でも受け付けてくれます。
それをよく知らない私は1回目の段階で、

「30年以上前に買ったステレオ(かなりデカイ)とか、息子が学生時代に使っていたスキー板(ビンディング付き)とかどうすればいいの?」

っと訪ねてみました。

担当の人

「市の広報に書いてある通り、指定の袋に入らない大きさでリサイクル法に引っ掛からないものであれば何でもOKですよ」

とのこと。
しかも一部金属とか、一部プラとか外して仕分ける必要はなく、そのまま持ち込んでくださいとのこと。


マジかぁ~!!!
そんなんでいいのかぁ~!!!


したがって2回目、家にある使わないバカデカいステレオとか、使わなくなったコンロとか、息子が使っていたパイプベッド(クッションもそのままの状態)とかを持って行ったんですが、もちろんそのまま受け付けてくれました。
あげくに、完全金属製の机(業務用でよく使われる物)や壊れた温風ヒーター(灯油は抜いた状態)とか、古い扇風機とかも持っていったんですがぜんぜんOK!。
しかも持ち込み者は豊川市民であれば問題なく無料だそうで、捨てる直前に運転免許証を1回だけ見せるだけ(住所確認)。
ちなみに担当者、

「そのクルマ(CX-5)で載せられなければ、市の軽トラを1日なら無料で貸し出しますよ」

とのこと・・・。


ほ~んとマジかよぉ~!!!

最後にデカい物を運ぶため、引越し直前の28日に、しかたなく2t車(平ボディー)レンタル予約しちゃったよ(1日6500円)。
そんなん知ってたらレンタル車なんざ借りなかったのに・・・。

どんだけ自治体の広報読んでないんだよ#!ですよね。




話が逸れた、洗車ですよ洗車。

トラックは年中無休で動いています、でも乗務員は規定通りに休みます。
したがって責任車両といっても他者が乗る場合もあるわけで、このクルマになにかあった場合はあなたが責任を持って預かって下さいよ、っというだけ。
そのクルマが今月いっぱいで定年する私から新たな乗務員に引き継がれるわけで、当然このクルマを大事に使ってもらいたいとの願いを込めて最後の洗車をするわけなんです。

いくら時々他人が乗るにしても愛着はありますよ、なんたって自分の乗用車よりはるか長い距離を一緒に走ったんだから。


最後の洗車、

「可愛がってもらえよ」

っとクルマに声をかけて月曜日の運行前に私の手から離れます。
業務上はもう1週間あるんですが、この1週間は私の後任となる乗務員のクルマを使って一緒に引継ぎを行いながらの運行となります。


あと1週間・・・

長いような短いような仕事で、私よりも先に相棒(車両)が人の手に委ねられます。

言葉を話さない道具、でも私は一方的に話しかける相手。
そんな相手が私より先に離れます。


頑張れよ、そして大事にしてもらえよ・・・


そう思いながらの最後の洗車でした。

予約は大変

さて昨日、自分にとって最後の配車となる4月分の配車表をもらいました、予定通り4月19日が最終運行となります。
その後は有給休暇の消化となり、一応4月30日まで会社に籍はあるんですが、4月29日にはここ愛知県を去ることとなっています。

引越し、メッチャ大変ですよ。
一番苦労したのがフェリーの予約。


実は会社から、5月連休以降の引越しでもかまわないよ、もちろんその分は会社から籍が抜けたあとであっても黙認するから、とのこと。
でも弟が「引越しは手伝うけど連休中でなければ北海道までは付き合えない」、とのことで、しかたなく4月29日にはこの愛知県を去ることになっています。
まぁ~弟にとっても、私の引越し手伝いを兼ねてたまには親の顔を見たいらしいしね。


今年って長いGWになるため、どうせ長い休みなら北海道へ自分のクルマで行きたい、っという人がもの凄く多いらしい。
なんんたって10連休になる可能性が大ですので、それだけあれば自分のクルマで北海道を回りきれると判断した人が多数いるらしくそうとう前から予約でビッシリ!。

私の引越しは28日に大きな物と一緒にある程度の物を会社にお願いすることにしました、あとの細々した物だけ自分のクルマと弟のクルマに分けて運ぶわけでです。
なんたって弟のクルマは日産のキャラバンですから結構な量を運べるんですよ。

ちなみに移動に関しては、とりあえず我家の荷物の一部を運んでくれる弟のために交通費は私がもつことにしました、でも上にも書いた通りフェリーの予約に四苦八苦だったんですよ。

現段階(3月29日時点)では、GW期間中の本州から北海道へ向うフェリーはほぼ満席状態でして、今から予約をしようと思っても不可能です。
これは近距離(青森~函館間、大間~函館間、八戸~苫小牧間、仙台~苫小牧間等)はすでに満席状態で、各営業所に電話したところ、キャンセル待ちでも乗船は不可能とのこと。

じゃ~長距離フェリーは?

問題外です。

長距離フェリーは半年前から予約を受け付けているため、GW一ヶ月前ではとてもじゃないけど受け付けてくれるはずはなく、問答無用で断られます。
ちなみに北海道向けの長距離フェリー、新潟~小樽間、敦賀~小樽(もしくは苫小牧)間、舞鶴~苫小牧間、太平洋周りになら大洗(茨城県)~苫小牧間、名古屋~苫小牧間、などすべて今から予約を頼んでもGWでの乗船は不可能です。

燃料代とか高速代を含め、個室を取っても東海&関西から自分のクルマで北海道へ向うなら、時間さえ許すなら一番楽に安く上げられる方法で(個室はもちろんTV&冷蔵庫、そして風呂付のビジネスホテル並み)一杯飲みながらゆっくり寝られるベストな方法で、船が大きいためよほどの悪天候でない限り揺れなんざわかりません、でも最低でも18時間(新潟~小樽間)乗船していなければなりませんが、スポーツジムやら映画館などほぼすべてタダで使える施設が多数ありぜんぜん飽きません。

長距離フェリーの予約に関してはではよくある話しで、そうとう前から予約しなければなりませんので一ヶ月前ではちょっと無理、ましてやGWなら絶対無理。
私が北海道へクルマで出かける場合、長距離フェリーを使うなら最低三ヶ月以上前に予約します。

で、それが無理な場合は近距離フェリーでGWやお盆、正月でもキャンセル待ちをしながら1本か2本遅れで乗ったわけで今年のよう全便ダメなんてことはなかったんですよ。
なんたって青森~函館間のフェリーは2社(津軽海峡フェリー&青函フェリー)あり、どちらも2時間に1本ずつ運行していますので、たいがいはキャンセル待ちでもなんとかなるもんなんです、でも今年はちょっと様子が違います。

今年のGW、10連休・・・

10日も休みあったら、北海道に興味がある人なら自分のクルマで自由に走ってみたいと思いますよね。
なにせ北海道はナビなんざ必要なく、一枚の北海道地図さえ持っていればなんとでもなる道路状況。
国道は広い、次に道々(こちらでは県道)が広い、市町村道も広い、しかも脇道はほとんどなく迷うことなく目的地へ行ける。
とうぜん渋滞なんざ皆無で、1時間に60km進む計算(時速60km/h平均で移動)が出来るため、確実に予定した時間に目的地へ着くことが出来る。
そのためカーナビなんざぜんぜん必要なく、運転初心者でも安全に移動が可能。

今年はこう考えた人がものすごく多いそうで、このためキャンセル待ちでも順番があり、今からキャンセル待ちをしたところで自分の順番は来ないと断言出来る状態なんだそう。

ちなみに我家は弟のクルマも含め、苦肉の策を使いながらも29日の夜中の便(青森~函館間)に2台分の予約が確保出来ました。
もちろんその後愛知県へ帰らなければならない弟たち夫婦は、予約で満杯な青函フェリーをあきらめ自分のコネで5月4日の苫小牧~八戸間を予約したそうです。

一応それがダメだった時のために私の方で6日の函館~青森間(ただし夜中)をおさえてあったんですが(この日のこの時間しかおさえられなかった)、それでは連休明けの仕事に間に合わない可能性があり、最悪まったく寝ずに丸1日一人で青森から愛知県まで休憩ナシで走り続けなければならないので(奥さんは免許をもってない)、ちょっと困っていたんですよ。
でも、弟のコネが上手く行って良かったです。

しっかし10連休とわかったとたん、みんなで目指すは北海道、っというのはどうなんでしょう?、しかも自分のクルマやバイクを持って。
確かに良い気候の時期ですよねぇ~5月の北海道。
なにせ昼間は暖かくさすがに道路に雪はありません、しかもその時期北海道はどこへ行っても桜が満開の花盛り!。

悪い時期に定年&引越しになっちゃったなぁ~。

私と女房、このブログを古くから読まれている方々は知っていると思いますが、北海道で籍を入れ結婚式もなく愛知県へ片道切符の新婚旅行。
その新婚旅行の帰り道が35年後とは・・・。

な~んか、それも面白いかもしれませんね!。

桜とF-1???

この辺でもとうとう桜が咲きだしました、もちろん早咲きの河津桜ではなくソメイヨシノ(たぶん)です。
御油の松並木(東海道五十三次の一部)で有名な場所なんですが、ここからちょっと入った宮路山という公園近くに咲いています。
なぜか毎年ここだけちょっと早く咲くんですよ。

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天気はイマイチなんですが、やはり河津桜とは違い、薄いピンクの花びらというのは良いですねぇ~。

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で、ついでに・・・

って、ついでで行くほど近い場所ではないんですが、

ついに新名神高速道路(四日市Jct~亀山西Jct間)が開通しました、これで残るのは草津Jct~高槻Jct間の工事だけで、これが開通すれば新名神高速道路は完成となるわけです。
仕事上では18日からこの道を利用していまして、大阪方面へはちょっとだけ早くなりました(およそ5分程度?)。
でも夜中なんでイマイチ景色はわからず、じゃ~昼間通ってみようと思いまして。

やっぱ山の中をくり抜いて造っているだけあって景色は菰野付近だけですねぇ~。
かえって夜の方が御在所ロープーウェイの灯が見えて綺麗で、昼間だとただの山にしか見えません。
あとは最近の高速道路の造りらしくトンネルばっかり・・・。

でも、新東名 引佐~豊田間 と同じで、当時の総理大臣(小泉さん)が「第2東名神(現、新東名&新名神)なんざいらん#!」とほざいたせいで、すでに工事が始まってしまった物を中断するわけにも行かなかった国交省が、スッタモンダの末に施工経費を大幅にカットして認められた高速道路だけあって、お金の掛かる3車線対応ではなく全線が2車線通行(拡幅不可でトンネルが3車線に対応していない)。
並走する東名阪道は大部分が3車線なのにねぇ~。

しかもどこかのお偉いさん達?が毎年お伊勢参りをするため無理やり造った東名阪亀山付近の立体交差なんざ(高速&一般道含めて)どんだけ金掛かっていることやら、ですよ、もちろん伊勢神宮へ行くためには東名阪道経由になります。
変に勘ぐれば、東名阪の無理やり3車線もそのため???。
とにかくお偉いさんはクルマでスムーズにお伊勢参りしたいらしく、これに関係ない新名神は経費削減であんな出来栄え・・・。

なんだかなぁ~。


で、この新しく開通した新名神の唯一のPAが鈴鹿PA。

前回仕事で通った時も夜中なのにごった返していて、
「これ、入って行ったら出て来れないんじゃない?」
みたいな状況でしたよ。
でも今回は乗用車ですので何とか止めれそうと思い行ってみました。

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ちっちゃいですわぁ~、しかも上り下り一緒のPA。
まぁ~もうちょっと先に大きな土山SAがあるしね。

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ちなみに横の子、誰だかわかりません。
花壇だけ撮りたかったんだけど写っちゃった、m(__)m。

中には売店の他にコンビ二(24H)もあるんですが、ここはSAではなくPAですのでほ~んとこじんまりした内容。
私が気になったのは、ここのSA内にF-1カーが飾ってあるとのことで、これを見たかったんですよ。
なんたってホンダのお膝元ですしねぇ~。

ありましたありました、でも・・・

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なんだよレッドブルカラーのF-1じゃねぇ~じゃん#!何時の時代のF-1カーだよ。
これってたぶん2005~6年頃の、まだエンジンがV8の2.4Lを積んでいた頃のヤツですよねぇ~。
ちなみに現在のF-1は日本の一般車よりも排気量の少ない1.6L(1600cc)V6ターボエンジンでして、HVシステム含めて1000馬力近く出しているんですよぉ~(今やF-1もハイブリッドエンジン)。
せめて昨年使ったトロロッソヴァージョンとかにしてほしかったよなぁ~、こんな博物館行き(骨董品?)のF-1カー飾られたってねぇ~。

ちなみに新東名、清水PAでは当時出たばかり(注文受付中)で、まだ巷に走ってないマツダのCX-8が飾ってあったし、浜松SAでも自動演奏ピアノとかビックリのアイテムが飾ってあったのに。
でも面白かったです。

北海道へ引っ越す前、休みの日にはもうちょっとこの辺を出歩いてみようと思います。
結構思い出になるかもしれませんね。

捨てよう!

最近、やたらめったらウチの女房グチこぼすんですよぉ~、でも今はあきらめているみたいだけどね。

本当に会社辞めるの?、延長しないの?、向こう(北海道)へ帰ってもまともな仕事無いよ。
今後どうやって食って行くの?アンタが年金もらえるまでまだ4年(私の場合64歳))もあるんだよ、退職金と貯金で年金もらえるまで繋ぐのはムリだよ。

いや、わかってますよ、でもここに残るわけには行かないし残っても自分にとって良いことはないから。


実は、乗務員としての定年延長組で、良かった、っという人は私が知る中では一人もいないんですよ。

なぜ?

理由は簡単。

乗務員としての延長は、今までと何一つ変らない仕事であり、そして同じように仕事に関しての責任を負います。
まぁ~当たり前です、なんたって正規の社員なんだから。
でも給料は大幅に下がり1年生へ逆戻り。
通常なら60歳到達時の70%ほどに給料は下がります。
実は給料のピークは55歳でして、そこから60歳までの間徐々に下がっていくんですけど、その一番下がった60歳時の給料の70%です。

じゃ~その後は?。

65歳までの間、1年ごとに2期(1期半年)ずつ本給が下がります。
ようは1年生に戻されたのにその後は毎年さらに下がって行くということ。
でもやっている仕事は同じなんですよ、もちろん責任も。
これって、雇ってもらえるだけありがたいと思え!っということですよね。


一番イヤな場面を実はたくさん見ています、そうです定年延長後の事故。
こんなことやってしまうと希望退職も出来ずほぼ65歳まで飼い殺しです。
事故の内容にもよりますが、たぶん乗務員としては残れず給料が大幅に下がる構内の雑用係になることは必至。
税金は前年度の収入から算定されるため、時として税金差し引き後の手取りが一桁になる可能性だってある。

乗務員としての交通事故は絶対にあってはいけないことです。
でも歳とともに集中力は落ちるし、なにより反応速度が若い頃とは比べようも無いほど遅れます。
これは毎年のよう行われる運転適性検査(プロ用)ではっきり数字に出されますので、見たくなくても自分の能力の低下を実感します。

ようは、若い頃なら避けられた事故が、歳とともに反応が遅れ避けられない事故になる可能性が大!っということで、現実60歳以降に事故を起こす人が結構います。
これは今までの感覚と動きが一致しなくなったことに気が付かないから事故になるんであって、それを逸早く知るきっかけになるのが運転適正検査。

で、上にも書いた通り仕事をしていれば責任は付いてまわります。
やってしまった事故は、会社から許しが出るまで自分の意思で辞めることが出来ません。
辞めようと思えば辞められますよ、ただし辞めた後の損害賠償請求に耐えられるなら。
なにせ辞めてしまえば社員ではない(ただの他人)ですから、損害をどれだけ取り返せるかが会社の課題になりますので年齢的な配慮なんざあるわけがない。

どこの会社でも同じだと思うんですが、仕事上の事故に関しては会社がかなりの部分を負担する代わりにあなたは仕事で会社に貢献して下さい、っという方法を取っている会社がほとんど。
でも責任を取らず一方的に辞めるなら、すべての損害額を入れた上で会社から裁判を通して損害賠償を求められることが多々あります。

これも当たり前です、それほど多大な損害を会社に与えたのなら、辞めて終わりなんざ許されるわけがありません。
社員として残るからこそ損害の大半を会社が負担する代わりに、あなたは会社に仕事で貢献してくださいよ、っということであって、したがって定年延長後、事故をやってしまったら65歳まで(延長最終年齢)辞められない、っということになるわけです。

じゃ~65歳になったらこの責任はどうなる?。

一応、乗務員としての最終年齢に達したと判断し、会社としてはその後の責任を問わないこととなります、ただし大幅な退職金の減額がありますけどねぇ~。


なぜ私は定年延長を望まなかったのか?。
女房は私の定年延長をどうして望んだのか?。


私の場合、

もし事故を起こしその責任に対するその後の会社への貢献が5年間では完済出来ないと判断したのと、仕事量も責任も同じなのに60歳到達時から1年生の給料になり、その後年齢を重ねるたび落ちて行く給料に納得出来ないから。
もちろん最後まで事故を起こすことなく仕事を全うする自信はありますけど、それはそのまま過信に繋がりかねないわけで、結果家族を巻き込むことになりかねないから。

女房の意見。

いくら給料が下がっても今の給料の70%以上をもらえるなら、賃金体系の低い北海道で新たに仕事を探すより有利ではないか?。
また、60歳を超えて今の会社の給料の70%をもらえる新たな仕事が北海道にあるとは思えないから(私もそう思う)。
でもいずれ北海道へ帰らなければならないと女房も思っているんだけど、それは今でなくても良い、とも思っている。


どっちの意見も正しいと私は思います。
ですが私としては以前にも書いた通り1年生に戻るなら(給料的に)、まったく新しい仕事をしたいし、もしそれが不満を抱えるような仕事であったとしても、この新しい仕事に対して自分は1年生と割り切れるし、逆に延長した場合、周りはベテランと判断し衰えた体力を考慮した判断をしないから(仕事内容が同じだから)。
そういうわけでとても1年生からのやり直し、っと気持ちに切り替えることなんざ絶対に出来ないと思いうからです。


それと女房の生活圏、
なにせ10代で私と結婚していますから、女房にとっては北海道時代、私以外の社会人としての付き合いも経験もほとんどありません、すべてがこちらに来てからの新しい生活スタイルです。
自分達だけでどうやって生きて行く?を初めて経験し、今まで培って来た場所(初めて自分達だけの生活圏を創り上げた場所)を捨てるのは女房にとって辛いんだと思います。

自分の子ども、孫、仕事関係の仲間、近所付き合い・・・
すべてがこちらに来てから始めたものです、女房にとって北海道とは生まれ故郷というだけであって、子どもの頃に住んでいた、くらいの実感でしかないんでしょうねぇ~。

でも最近、妥協し始めているというか、しょうがない、っとあきらめだした?っという感じです。
私があまりにも辛い仕事を無理してやっているように見えるみたいなんですよ。
私はそう思っていないんですけど、普段の表情や行動、そして身体の動きからそう見えるのかもしれませんね。

さて60歳を迎えたらまず何をする?。

どこかのだれかさんが、どうせなら今ある物は全部捨てちゃえ!だそうです。
もちろん人生まで捨てるわけじゃないですよ。
今まで使って来たものとか、人付き合いとかいろいろです。
そういう考え方なら私も似たようなもんで、延長するくらいなら一から新しい仕事を始めたい、も同じようなんもんですよね。


さて、なにを捨てましょうねぇ~。

まず家にあるほとんどの家具だな。
タンスや家電はもちろんベッドやら布団やら、そしてこちらで買った衣類も向こうでは役に立ちそうにもないので捨てる。
PCは残そうか、なにせ写真含めいろいろなデータが詰まっているし。
もう一つ残すもので大事な物はクルマかな?、これは向こうへ行っても絶対に必要だから。

人間関係、仕事上の付き合いに関しては全部捨ててもいいです、新たな場所で生活するんだからあっても意味がないから。
大阪で暮らす息子や孫は?。
これも捨ててもいいです、って、別に親子関係を捨てるわけではないですよ。

息子はもう十分自分達だけで生きて行ける環境になったわけだし、私達夫婦はたまに孫の顔見たさに遊びに行ったり来てもらったりするだけで良いわけで、今後私達夫婦の生活に関らないだろう、っという意味では形式上の親子関係で十分となっています。
ただ、孫の顔を見るにはちょっと遠い場所に越しちゃうんですけどねぇ~。

昔、私も親に孫の顔を見せるため、まだ小学2年生だった息子をたった一人で北海道の実家に行かせたことがあります。
もちろん本人は行くき満々だったのですが、当時の名古屋空港で親から離れキャビンアテンダントのお姉さんに手を引かれて行った時は泣きそうな顔をしていましたけどね。
こんどはユッキーとその弟が二人で、私達夫婦の元へ遊びに来るのは何時のことやら。

弟???

そうなんです、息子の家では5月に二人目が生まれます、それがどうやら男の子らしく、息子いわく、

「これで中森家は無事受け継がれることになる」

だそう。

ちょっと笑っちゃうけど、事実私の実家から見れば息子は唯一の孫(私の兄弟に子どもはいないから)、その子どもが男の子なら当然正当な?中森家を継ぐ大事な子どもなわけで、実家でも無事生まれることを祈りながらも喜んでいます。
だからといって無理な束縛を強いるつもりはないですし、もしかしたら婿養子に行っちゃうかもしれないしね。

だいたいウチの息子にしたって、嫁さんの実家に近い場所に居を構え、しょっちゅう向こうの家の手伝いとか、ほとんど婿養子?みたいに見える状況でも、私も女房も容認している次第ですから。

ようは、自分の人生自分のためのもの、です。
親のためでもないし子どものためでもありません、時としてそういう場合もありますが最終的には自分の考えた人生を歩むだけで、そこに必要な人が今は息子ではなく私にとっては女房なわけです。

それを踏まえれば女房以外何を捨てても良い、っということになりませんか?。
ただ、今後の人生に必要不可欠な物だけ残し他は必要ないわけです。


そろそろ始めます、女房に文句言われながらも出来るだけたくさんの物をこの地に捨てて行こうと思います、前回書いた通り、このブログもその一つです。


一つ捨てて一つ新しい物を探す・・・


今後の人生、これがベストだと私は思っています。







それにしてもこの記事、何日掛かって書いていることやら、書き始めは3月初旬。
たくさん悩んだ結果のこの記事、何回書き直したことやらわかりません。
これを上げるかどうかずいぶん悩みましたけど、とりあえず更新することにしました。


この記事、良かったんだか悪かったんだか・・・
さんざん悩んだわりには、よくわからん。

【人生】人それぞれ Part8.5?

昔の記事、ヒマだったんでちょっと読み直しました、我ながら面白いことを書いてますねぇ~。
でぇ~・・・なんで今さら[【人生】人それぞれ Part8.5]なんですか?、ですよねぇ~。
その+0.5ってなに?

このシリーズ、7話で終わらせたのですが、成人式のことを思い出し続編を書いてしまった。
これがシリーズのタイトルとは違うながらも同じカテゴリに入れてしまった関係で、正式には+1ではなく+0.5と私は判断したもんですから、今回書く同タイトルの記事を7+05の次、つまり8.5っということにしてみました。


もうすぐ第2の人生の転換期を迎える私です、そうです定年です。
もちろん今の社会では60歳以降社員として雇う会社はたくさんありまして、私が勤める会社もで60歳時に定年を希望しない限り正社員として65歳まで働けます。

昨年11月に60歳到達後の進路(ようは定年延長)の打診が会社からありました。
でも私は60歳到達時に定年したい旨を書面で会社に伝えてます。
その後今年2月に最終判断として再度定年延長を求める書面が私に届きます、もちろん最終判断ですので、ここで延長を断れば希望通り退職の手続きに入る、っという意味の書面です。
仮にその後、まだ社員(もちろん給料は多少下がっても待遇は社員と同じ)として働きたいと思っても、それは嘱託扱い(ようはアルバイト)なら認める、っということで正式な社員としては残れないという最後通知。

結論から言って定年延長制度は使わず、正式に断りを入れ60歳で定年退職させてもらうよう会社に通知しました。
これで晴れて?誕生日がある月の末日、つまり4月30日が正式に私の定年日となりました。


唐突ですが、あるアニメを見ていた時、子ども(学生時代)は社会人を良くも悪くも大人として認識しています。
当然私もそうで、自分で生活能力を得た段階で大人の仲間入りとなったわけです。


現在59歳(もうすぐ60歳)にもなるのに自分の意識の中で、いったいどこで大人に切り替わったか自分でよくわからない。
自分でここから大人になったと言える決定的な場面ってありました?、ちなみに私にはないです。
もちろんこのアニメの題材でも、私と同じような考えの下、いつの間にか大人になって行く物語です。

1、結婚したから大人になった?
2、生活する上で、親を頼らず自分の収入だけで生きて行けるようになったから大人になった?
3、子どもが出来て右往左往しながらも、その子を社会人として通用する状態まで育てたから大人になった?

な~んか全部違うような気がする。

1の問、
学生でも結婚は出来ます、自分に収入が無くても親が助けりゃなんとでもなります、でもそれは他力本願で自分だけの力で成り立つ問題ではない。

2の問、
親が居ようが居まいが、はたまた学校に行けようが行けまいが、年齢的に幼かろうが何をやらかしてもいいんなら誰でも生きて行ける道を探せます。
少年兵とか10代中盤で売春婦とか(特に発展途上国)。、日本ではありえなくても世界ではありえるお話、それって大人?。

3の問。
親を反面教師にして育つ子どももいるよ、自分が親になった時には絶対そんなことはしない、みたいな。
でも今の社会、それを待つことすら出来ないまま命を落とす可愛そうな子もいるわけで、
親=すべてが大人ではない
、っと私は思います。
これは親も子どももいろいろな意味で成長出来なかった悲しい例。


じゃ~あなたはどこで自分は大人になったと思います?。

私の場合、もうすぐ60歳というのに学生時代と考えはほとんど変わってないような気がする。
もちろん、その時の年齢や立場に見合った行動は自分の本来持つ性格を殺してまで一般常識的な行動や発言をしていますけど、正直心の中では、考え方の基本は幼かった頃の自分の考えとそう変らないような気がしていまして、ようは未だに心の中は子どもの頃と同じような・・・。

でも、もうすぐイヤでも人生の転換期を迎えます、しかもその先の人生に確固とした生活設計が成り立っているわけではありません。
それでも、それをあえて望んだ私がここにいます。

もちろんそれに引きずられるのは唯一の相方である女房なわけですが、この辺は伊達に30年以上も一緒に過ごしているわけではありませんので、本当は文句アリアリ(年金もらえるまでは働け#!)なんですけど、女房にとって私の判断は自分にもある程度妥協出来る範疇なわけですよ。
ようは金銭的な部分も含め、今現在今後に引きずる物は何一つ無いし、北海道へ移住するにも正直今まで生活していたほとんどの物を捨てても、自分達の着替えさえ持って行けば向こうで普通の生活が出来る状態にしたわけだから、多少は妥協してくれるでしょう、だいたい自分の親もすぐそばに住んでいるんだし。
そうでなけりゃ女房も自分の人生の2/3を過ごしたこの地(愛知県)を、そして自分の血を継ぐ唯一の息子のそばを離れたくはないと思いますから。


・・・ってなわけで、順調に進めば今年5月には北海道は北見市に移り住んでいる私達夫婦。
もちろんお互い仕事も辞め、また1から新しい生活を始めるため何十年ぶりかに残りの人生を賭けた右往左往が始まります。
当然今まで通りの生活に戻ることは出来ませんし、今まで通りの収入も見込めません。

それでも納得出来ない賃金と待遇で同じ仕事をやるより、安かろうが苦しかろうが気分が1年生に戻れるなら新しい仕事を探そうと思います。


このブログ、息子の指南を受け難病克服のために始めたんですが、気が付いたらもう丸11年にもなり3月以降は12年目に入ります、そこでここで一度区切りを付けたいと思います。
残り何回更新出来るかわかりませんが、私の定年と同時にこのブログを終わらせようと思います。

新しい人生、すべてを一度リセットしてやり直しが利くとは思いませんが、その年齢だからこそ出来ることもあると思いますので、その時に余裕があればまた新たなブログを立ち上げ、相変わらずのつまらない記事を無駄に長い文章で書きなぐるのも良いかもしれませんね。


ハイ!つまらない記事でした、定年を迎える4月30日まで、ブログ含めてもうちょっと頑張ります。

ところで?

ちょっとお出かけ、常春の国[渥美半島]。

たまにはカメラを持ってドライブがてら出かけました、ただ、あちこち通行規制があり右往左往。
なんの通行規制か?っというと、

渥美半島=田原市

そうです、あの豚コレラの影響で立ち入り禁止となる道路がありました。
道の駅等、あちこち入口には消石灰?が撒かれていてタイヤが真っ白。
全頭処分なんてちょっと可愛そうですよね。

さて目的は菜の花だったんですがぁ~・・・
ちょっと遅すぎて伸びきっていました。

201902172 012

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今一歩ですね。

ついでに梅も咲いていましたので。

1.jpg

これはちょっと遊んでます、ピントの合っている写真と、わざとピントをずらしてボケさせた写真を1枚に。
まぁ~ポヤンとしていいかな?。

エンジン載せ換え後の愛車CX-5君。
02.jpg
水を得た魚のごとく軽快に走ってくれます。

それにしても、エンジン載せ換えたばかりのこのクルマ、早々に半年点検の案内が来ましたけど、

なにするの???。

復活

昨日3日の午後、やっと愛車CX-5が帰って来ました、もちろん予定通り新品のエンジンを載せて。

約1ヶ月ほど預かった代車のデミオ(1.3L)には随分お世話になり、最近のコンパクトカーでもこれだけ安全機能が充実しているんだ、と感心しながら使わせてもらいました。

廉価版なんでライトもHIDではなく昔ながらのハロゲンなんですが、それでもオートライト(オンオフだけでなく、光感知センサーを使って自動でハイ&ローまで切り替え)、側車検知機能(ミラーで見えない真横の車を検知しドライバーに知らせる)、車線逸脱警報、ふらつき警報、ナビ連動で渋滞情報はもとより工事情報とか落下物注意情報など、今後の移動時間情報などを含めて最善のルートを音声で知らせるシステムなど至れり尽くせり(ちょっとうるさいけど)。
これ、デミオで一番安いヤツ(140万円程度?)で、ナビ以外は標準装備なんですよ。
ほ~んと最近のクルマってスゴイですよねぇ~。


で、やっと帰って来てくれたCX-5君、まず驚いたのは恐ろしく静か・・・。

私が乗るCX-5はディーゼルエンジン搭載車のわり結構静かな方だとは思いますが、最近のクルマ(ガソリン車)に比べればちょっと音が気になります。
ところが、最新のエンジンに載せかえられた私の愛車は走っているとタイヤの転がる音しか聞えないほど静か。
女房いわく、

「ウチのクルマってこんなに静かだった?」

でしたねぇ~。

最新とはいえ同じ形式のエンジンですので最大出力は以前とさほど変わらないとは思うんですがぁ~・・・
明らかに加速力が違う、アクセルの反応が速い、吹け上がりも速い、変速に違和感なくスムーズなくせにやたらと早く正確に変速している、そのくせ恐ろしく静か・・・。
もちろん変速も含めプログラムをすべて書き直しているのもあるんでしょうが、それにしても初期型のエンジンと同タイプながら最新のエンジン(改良版)ではこんなに違うもんか?っと驚いちゃいましたよ。

女房も言ってましたけど、
「これであと3年は余裕で乗れるね!」

ほ~んと私もそんな気がします。

さて今回はチョイ乗りだけでしたがその内ちょっと遠出してみたいですねぇ~。
なにせ改良版の最新のエンジン、どれだけ燃料を節約しながらあのとんでもなく大きい力(トルク)を維持して走るかを知りたいところ。
なんたってこのクルマを購入して1年目くらいの時に北海道を走った際、1Lあたり20kmを越える燃費を維持しながらも、周りのクルマの速さに引けを取ることなく走っていましたから。

あの狭いデミオからやっと広いCX-5に乗り換えたとたん女房が、

「やっぱ楽でいいわ」


女房にとってみれば、お帰りなさい。

ですかね。

再び大手術?

正月休みに広島まで行って来ましたが、その帰りにクルマが困ったことになったのを書きました。
1月4日、即座にディーラーへ電話を入れ点検修理となり、その日から代車で買い物等を済ませています。
たぶん昨年暮れに出されたリコールが影響しているのでは?とのことでしたがぁ~・・・、

やっぱそうでした、しかも重症・・・。

とにかくリコール部分を無償で直し、それ以外の部分に影響を出している場合(リコール対象外部分)はちょっとだけ費用の負担があるかもしれません、とのことで21日には電話が来ることになっていました。
当然この日には直って戻って来ることにはなっていたんですがぁ~・・・

いまだ代車に乗っています。
でもちゃんと電話は来ました。

ディーラーからの電話では、エンジン載せ換え!だそうです。

えぇ~~~???

現在マツダの工場からエンジンを取り寄せてる段階で、修理完成は今月末まで掛かりそうとのこと。
すでにメーカー保障(5年もしくは10万km)もディーラー保障も切れている状態なんですが、やはりリコールの影響が大きいためディーラーがマツダ本社に掛け合い無償交換にしてくれたんだそうです。

今回のリコールってどんなもん?

エンジンヘッドに付いているバルブスプリング(吸排気の要)の不良なんだそうで、最悪これが壊れるとエンジンごと壊れる可能性があるそうで、私のクルマの場合、可能性が現実になってしまった、ということです。

ようそんな状態で舞鶴から帰って来られたよなぁ~・・・。
なんたって着く頃にはエンジン、虫の息だったしなぁ~・・・。

前回のリコール(ターボダクトの取り付け不良)で、私のクルマはダクトだけではなくターボチャージャーごと交換という大手術をしたばかりだったのに今回はそれを上回るエンジン交換!、もちろん新品のエンジンが載ります。
すでに11万km以上もの距離を走ったエンジン、

女房いわく、
「クルマ、だんだん新しくなるね!」

いや、そういう問題か?。



確かにこのクルマ、過去ブレーキやらサスペンションやらとリコールで無償交換されています。
昨年9月に車検を受けた際ATミッションのプログラム変更、それ以降もターボ交換のためフロント側足回りをすべて外し分解整備しブッシュ類の交換、そして今回とうとうエンジン交換・・・。
やっぱブランニュー(すべてが新しいクルマ)はこうなっちゃうのかなぁ~。
なんたってマツダが本腰入れて開発した新世代技術[SKYACTIV TECHNOLOGY]を初めてフル搭載したのが私が乗る初期型CX-5でしたから。

とにかく、

とりあえず無償で直ることにはなったんですが、予想以上に長い入院になっちゃいました。
こんな経験、メーカーに関係なくリコール等で修理というのは何度も経験はありますが、まさかエンジンを丸ごと交換なんて初めての経験です。
女房のいう通り帰って来たら、まるで新車の如く軽快に走ってくれることを祈って当分デミオ(代車)で我慢します。

それにしても、

クルマに無理をさせすぎたかなぁ~。

豊橋駅前

豊橋駅東口前、



写真、最近工夫とかぜんぜん考えずに撮っていたけど(それもたまにしか・・・)、
またこだわってみようかな。
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中森 ユウジ

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